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イチローが今まさに乗り越えようとする、名門ヤンキースという「壁」

 本稿では3回に渡り、さまざまな「逆境」を乗り越えてきたイチローの方法論を振り返ってきた。だが、いま現在の状況こそがイチローにとって最も険しい「壁」であり、「逆境」であるのは間違いない。最終回は「名門、ニューヨーク・ヤンキースという壁」に挑むイチローについて描いていく。


【ヤンキースという「壁」に育てられたメジャーリーガー・イチロー】

 イチローが渡米後いきなりシーズン242安打を記録し、新人王どころかMVPまで受賞した2001年シーズン。節目節目でイチローの前に現れたのがヤンキースだった。

 この年の7月、はじめてオールスターに出場したイチローは、同じ背番号「51」であるヤンキースのスーパースターであるバーニー・ウィリアムスとユニフォームを交換。手にしたピンストライプユニフォームの感想を次のように表現した。

「カッコイイですよ。もちろんデザインとか色合いではなく……歴史、ですかねぇ」(石田雄太著『イチロー・インタビューズ』より)

 その「歴史」こそ、イチローが戦わねばならない相手だった。イチロー擁するマリナーズはこの年、シーズン116勝という歴史的な独走で地区優勝を決め、悲願のワールドシリーズ初出場を目指していた。だが、リーグチャンピオンシップシリーズ(リーグ優勝決定戦)でヤンキースという「歴史」の前に1勝4敗と完敗を喫してしまう。

 当時2001年時点でワールドシリーズに37回出場し、うち26回世界一に輝いていたヤンキース。10月のヤンキースはどのチームよりも勝ち方を知る存在だった。イチロー自身も、敗因を次のように語っている。

「特別な試合で、普通にできること。これがヤンキースの一番の武器でしょう。決して彼らが特別なことをやっているわけではなく、相手を考えさせたり、相手を変化させている。決してヤンキースが変化しているわけではなく、ヤンキースが相手チームを変化させているのだと思います。どのチームにとってもヤンキースは大きなカベ。そういうものを大いに感じさせてくれたシリーズでしたし、同時にそういう存在でありながら必ず勝つヤンキースの偉大さも感じました」(『イチロー・インタビューズ』より)

 いまにして思えば、マリナーズでワールドシリーズを制するとしたら、この2001年が最初で最後のチャンスだったのかもしれない。いまだにメジャーにおいて優勝の味を知らないことがイチローのモチベーションになっているとしたら、これほど皮肉な話はないだろう。


▲写真:田口有史


【倒すべき「壁」から、乗り越えるべき「壁」へ】

 振り返れば、日本にいた頃から、名門打倒がイチローにとっての課題であり、意義のひとつだった。

 1994年、彗星のごとく球界に登場し、シーズン210安打を記録したイチロー。彼が名実ともに球界のスターに登りつめたのは、1996年、日本球界の盟主・読売ジャイアンツを破って日本一に輝いたときであるのは間違いない。

 オリックスという地方球団で成長し、渡米後も西海岸にある一地方都市・シアトルで確固たる地位を手に入れたイチローにとって、名門チームは常に戦い、倒すべき相手だった。

 その関係性が変わったのが2012年7月23日、ヤンキースへの電撃トレードが発表された瞬間だった。このときからヤンキースは、「倒すべき壁」から「乗り越えるべき壁」に変わったのだ。しかし、それはこれまでのどのミッションよりも難しい作業だった。

 優勝が義務づけられるからこそ、予算に際限なく、スター選手ばかりを集めるニューヨーク・ヤンキース。結果、契約内容も複雑になっていく。現在、イチローはどんなに好成績を結んでもスタメンの座を勝ち取るのが難しい理由には、他選手のなかに「レギュラー確約」の条項を結んでいる選手がいるからと言われている。

 守備固めや代走、代打での出場ばかりが続くイチロー。試合に出続け、安打をひとつずつ重ねることで「シーズン200安打」という記録を10年間続けてきた男にとって、これほど精神的にも肉体的にも状態をキープするのが難しい作業はないだろう。何よりも「年齢」という、アスリートにとって最も重要な要素が無為に消費されているようでもどかしい。

▲写真:田口有史


【年齢という「壁」を超越するイチローの言葉】

 だが、この「年齢」の捉え方こそ、イチローが他選手と一線を画している点かもしれない。イチローの年齢に関する発言を集めてみよう。

「ポテンシャルだけでやってきた39歳と、様々なことを考えて積み重ねてきた39歳を一緒にしてほしくない」

「選手の年齢は、精神的脂肪に出るものです。脳みその硬さですよね。ここに一番、年齢があらわれちゃいますから。それだけは避けたいと思ってます。もちろん僕は常識的ではないので、そんなものとは無縁でしょうけど(笑)」

「『40だから。年だから。』は楽。そこに理由を求めると、まわりも『そうだよねー』となる。人間は、ストレスをためたくないから。でも、そうじゃなくて、それによって出てくる風味を楽しもうよ!って」

 いずれもこの2、3年の間に発せられた言葉たちだ。そこからは、同じ年齢でも、他の人間と自分とでは意味が全く異なる、という強烈なプライドを感じることができる。

 イチローは常々、「50歳まで現役でいたい」と発言してきた選手である。それは決してリップサービスではなく、本気で目指す頂のひとつなのだ。であるならば、40歳で迎えた今シーズン、50歳を見据えるイチローにしてみればまだまだ若僧であり、修行の場と捉えることもできるのだ。

 イチローが老け込んでいない証拠に、今季ここまで打席数こそ少ないものの打率は3割5分台をキープ。守っても全米中を熱狂させる「ザ・キャッチ」を何度も見せている。だからこそ、イチロー自身が今の状況を良しとしていない。むしろ、怒りにも似た感情を抱きながらプレーしているのではないだろうか。

「いままで自分を支えてきたのは、いい結果ばかりではない。それなりの屈辱によって自分を支えている。痛みはないけど、心は瞬間的に痛みを憶える。そういうことによって自分を支えてきたし、これからもそうである」

 去年のシーズンオフ、イチローはこんな言葉を残している。負けん気の強さはいまでも誰よりも強く、頼もしい。


■ライター・プロフィール
オグマナオト/1977年生まれ、福島県出身。広告会社勤務の後、フリーライターに転身。「エキレビ!」では野球関連本やスポーツ漫画の書評などスポーツネタを中心に執筆中。『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』(新紀元社)では構成を、『漫画・うんちくプロ野球』(メディアファクトリー新書)では監修とコラム執筆を担当している。ツイッター/@oguman1977

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