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名将、知将、猛将…個性派ひしめく神奈川の監督たち〜“松井裕樹包囲網”〜桐光学園は甲子園に出場できるのか?

松井裕樹(桐光学園)は今年も甲子園で輝けるのか。しかしその前に、神奈川県は全国屈指の激戦区。そうやすやすと勝ち抜けるほど甘くはない。「神奈川の高校野球監督」をテーマに取材している大利実氏が、有力校の監督のカラーに着目しながら、それぞれの「松井攻略法」に迫った。




同一校に3連敗しない横浜

 昨夏から神奈川の高校野球は、桐光学園・松井裕樹を中心にまわってきた。松井をどう攻略するか。ライバル校の指揮官たちの最大のテーマになっている。

 桐光学園に対して、昨夏の準々決勝で3対4、今春も4回戦で0対3の敗戦を喫したのが全国制覇5度の名門・横浜である。1990年秋から、横浜高校の同級生でもある渡辺元智監督、小倉清一郎部長(現・コーチ)の最強コンビでチームを作ってきた。

 横浜の記録を調べていて、あることに気づいた。コンビを組んだ90年秋以降、同じ高校に3度続けて負けたことがないのだ。「3連敗はできない」という思いは強いだろう。ましてや、同じ投手相手に負け続けることはできない。

 松井を打つために、およそ10メートルの距離から、150キロ近いストレートや速いスライダーを見極める練習をしているという。

 この春、松井は横浜、横浜隼人、日大藤沢と有力校を倒したが、3校の中で横浜だけは違う戦い方をしていた。序盤からストライクを積極的に打っていた横浜隼人と日大藤沢に対して、横浜は球数を投げさせることに専心した。送りバントを除くと、5回表の渡辺佳明まですべての打者がファーストストライクを見逃していたのだ。

「球数を投げさせれば、終盤に何かが起きる」と渡辺監督。事実、8回には2本のヒットで1アウト一、二塁と攻め込んだ。

 松井を見て、「あのチェンジアップが厄介だよ」と語っていたのは小倉コーチだ。春から、松井は右打者の外にチェンジアップを投じている。追い込まれてから芯でとらえたバッターを見たことがないほどのキレを持つ。

渡辺 元智(横浜監督)68歳
経歴:横浜〜神奈川大(中退)〜関東学院大
 1968年秋に監督に就任し、73年センバツで初出場初優勝。以降80年夏、98年春夏、2006年春と5度の日本一を成し遂げる。大学・社会人経由も含め、教え子が11年連続でプロ入り中。現在、孫の佳明がファーストで出場している。




松井を打つのは左打者?

 春の県大会で松井に対して、上位に左打者を並べてきたのが横浜隼人の水谷哲也監督と日大藤沢の山本秀明監督である。山本監督は、横浜隼人で99年から2003年までコーチをしていた経歴を持つ。

山本 秀明(日大藤沢監督)43歳
経歴:日大藤沢〜三菱自動車川崎
 三菱自動車川崎でキャッチャーとして活躍し、1995年には日本選手権優勝を経験。横浜隼人のコーチを経て、2004年夏から母校の監督に就任した。07年春にセンバツ甲子園出場。中日の山本昌は5つ上の実兄になる。




 横浜隼人は1番・宗佑磨、2番・淺沼大介、3番・木下和哉と左打者で組み、チーム6安打中5安打がこの3人から生まれた。

 そして、日大藤沢は1番・阿部舟、2番・小坂井智朗、3番・半場将太。前の試合から、上位の組み方を変えてきた。もちろん、根拠があってのことだ。

「左バッターに対して、外中心の配球になる。外のストレートとスライダー、カーブ。スライダーは目で追いかけることができるので、何とか当てることは可能。カギを握るのは左バッターでしょう」(水谷監督)

水谷 哲也(横浜隼人監督)48歳
経歴:徳島市立〜国士舘大
 大学卒業後、国士舘高のコーチを務め、1988年に横浜隼人に赴任。90年秋の大会から指揮を執る。2009年夏に初めて神奈川を制して、甲子園でも1勝。12年には春の県大会初優勝、秋の関東大会初出場と、着実に実績を積み重ねる。




 春の大会時点で、松井は右打者の外に投げるチェンジアップを、左打者には1球も投げていない。インコースのストレートもゼロ。捕手の鈴木航介が左打者のインコースに構えたことはゼロだった。

 当然、他校の監督もわかっていることだろう。であれば、桐光学園の野呂雅之監督も気づいている。春の準決勝のあとだっただろうか、野呂監督に疑問をぶつけてみると、「左バッターのインコース? 『投げたほうがいいんじゃない』とは言っているけど、松井自身が投げる必要があると思ったときでいいんじゃない。練習では投げているよ」とサラリと話した。

 野呂監督らしい言葉だと思った。時には強制的な場面もあるが、基本的には選手の思いを尊重しながら指導している。

 当の松井は左打者のインコースについてこう話していた。

「夏もあるので、春の段階ですべてを見せる必要もないと思っています。でも、左バッターのインコースはこれからの自分の課題。チェンジアップも左バッターに投げられるように練習しています」

 プロの投手でも、左対左でインコースに投げるのは難しいといわれる。もし、松井が左のインコースまでも攻め切れるようになったら、さらに攻略困難な投手になるのは間違いない。

野呂 雅之(桐光学園監督)52歳
経歴:早稲田実〜早稲田大
 早稲田実では和泉実監督(早稲田実)と同級生。3年生でレギュラーをつかみ、最後の夏は背番号7。大学卒業後、桐光学園の監督となり、就任1年目の1984年夏には横浜を破りベスト8進出。2001年センバツで甲子園初出場を遂げる。




松井は松坂大輔よりも上か?

 松井よりも前に、神奈川から誕生した怪物といえば松坂大輔(インディアンズ3A)である。左腕と右腕の違いもあって、純粋に比べることはできないが、「松坂」の名を出して、松井のすごさを語ってくれた指導者がいる。

「野呂さんも感じていると思うけど、3年間大きな故障もなく、野球をやれていることが素晴らしい」  東海大相模・門馬敬治監督の言葉である。それだけ体が強いのだろう。最近はあっちが痛い、こっちが痛いという高校生が多い中で、この体の頑丈さこそ超高校級なのかもしれない。

 門馬監督に松井対策を聞くと、興味深い言葉を返してくれた。

「ピッチングマシンで松井の球を再現するのは難しい。一番の松井対策は、松井の球を打つこと。それができないから難しいんです」

 松井の球を打つこと…、それは試合で戦うしかない。当然だが、年に数回しかできないことだ。もし、日々の練習で松井の球を体感することができれば…最高の松井対策になる。

 単なる左投手対策であれば、大学生や社会人のOBに打撃投手を頼むこともできるが、松井のような投手はいないだろう。過去には、東海大学時代の菅野智之(現・巨人)に打撃投手を頼んだこともある。「松井は松井。過去に同じようなピッチャーはいない」というのが門馬監督の見方である。

門馬 敬治(東海大相模監督)43歳
経歴:東海大相模〜東海大
 東海大、東海大相模のコーチを計8年務めたあと、1999年春から現職。翌2000年春に自身初の甲子園出場で全国制覇。10年夏には33年ぶりに神奈川を制して、甲子園準優勝。11年春には2度目の日本一を成し遂げる。




 慶應義塾・上田誠監督は、「精神面に関しては松坂以上かもしれません。どんな場面でも動じずに物怖じしない」と評する。

 昨夏の活躍もあり、松井は常に注目される立場になった。試合になれば大勢のマスコミが取材をし、スタンドにはたくさんの観客が入る。注目され、期待される中で、それだけの結果を残し続けてきた。

 今春は練習試合を含めて、91イニングで155奪三振、失点6(5月26日現在)。恐ろしいほどの数字である。

上田 誠(慶應義塾監督)55歳
経歴:湘南〜慶應義塾大
 桐蔭学園の副部長、厚木東の監督を務めたあと、1991年春から慶應義塾の監督に就く。95年夏には32年ぶりに、神奈川大会決勝に進出。2005年には45年ぶりのセンバツ出場。08年夏には甲子園でベスト8にまで勝ち進む。




桐光学園を破った指揮官

 昨秋、準々決勝で桐光学園を2対1で破ったのが平塚学園だ。昨夏はベスト4、そして秋は横浜、桐光学園を連破して2季連続でベスト4に進んだ。

 八木崇文監督は今年で35歳。県内の監督の中では若い部類に入る。秋に桐光学園を破ったときは、松井に2安打に抑え込まれたが、勝負所での三塁盗塁と2アウト三塁からの三振振り逃げで得点を奪いとった。

 当時の松井のウイニングショットは低めに落ちてワンバウンドするスライダーだった。ランナーを三塁に進めれば、何かが起きる可能性がある。八木監督の思惑どおりになった。

 桐光打線を1点に抑えたことも勝因のひとつにあがる。エースの熊谷拓也は、今年の神奈川を代表する右腕といっていい。ストレートのキレはピカイチ。春にやや調子を落としていたが、夏にどこまで上げてくるだろうか。

「課題は打線」と八木監督。熊谷がいるだけに、得点力が上がってくれば、激戦の神奈川を勝ち抜く可能性もある。

 春の決勝で桐光学園を4対0で下したのが桐蔭学園だ。ただ、松井の登板はなかった。完封劇を演じたエース左腕・齊藤大将は春の6試合をほぼひとりで投げ抜き失点わずか2に抑え込んだ。クロスファイアーとスライダーのキレは絶品。左打者のインコースにもストレートを投げ込んでくるなど、松井とは違った特徴がある。

八木 崇文(平塚学園監督)34歳
経歴:法政二〜法政大
 津田学園(三重)の監督として、2002年センバツに出場。平塚学園でコーチを務めたあと、監督に昇格。この春で就任5年目を迎える。昨夏、神奈川大会ベスト4入り。秋には創部初めて横浜を破り、2季連続でベスト4に進む。




 長年、チームを率いてきた土屋恵三郎監督にとって、今夏が最後の夏になる。5月27日に学園から「今夏限りでの退任」が発表された。夏の甲子園は99年から遠ざかっている。昨夏は決勝に進むも、桐光学園の前に4対11で敗れた。

土屋 恵三郎(桐蔭学園監督)59歳
経歴:桐蔭学園〜法政大〜三菱自動車川崎
 1971年夏、副主将として甲子園初出場初優勝を飾る。法政大では江川卓とバッテリーを組む。82年秋から監督となり、春夏10度の甲子園出場。2007年秋の大会後には監督を一度退き、09年春に復帰。今夏限りでの退任が決まっている。




 松井を、そして桐光学園を中心に回る今年の夏の神奈川。ライバル校がいかにして松井を攻略するか。すでに包囲網は敷かれている。


■プロフィール 文=大利 実(おおとし・みのる)/1977年生まれ、神奈川県出身。中学軟式野球ライターとして草分け的存在。著書に『中学の部活から学ぶ わが子をグングン伸ばす方法』(大空ポケット新書)、神奈川でしのぎを削る監督間のライバル模様を描いた著書『高校野球 神奈川を戦う監督(おとこ)たち』(日刊スポーツ出版社)がある。有料メルマガ『メルマガでしか読めない中学野球』も配信中。

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