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村田透(クリーブランド・インディアンス)独占インタビュー第4回:「1軍」という夢へ向かって

 今年も開幕は2Aで迎えた。それでも1週間も経たないうちに3Aへの昇格を果たした。定着とはならなかったが、シーズンの半分をマイナー最高峰で過ごすことができた。

「どうしても(3Aで)やりたかったですね、やらなければならないっていうか。もう29歳ですし、ゆっくりもしてられないですから」

 しかし、昨年、ローテーションを通して守った村田の今季は、ブルペンスタートだった。まず、これに戸惑った。

「登板がずれることは多々ありました。正直やりにくかったですけど、そんなこと言ってられないんで。3Aにいた時には、こんなこともありました。メジャーで当面必要ない先発ピッチャーが落ちてきたんですよ。それで、先発が6人になって、僕がブルペンに回されたんです。で、結局10日くらい出番がなし。ブルペンでもなかなか投げれなかった。首脳陣が、負け試合と勝ち試合で使うピッチャー決めてたんでしょうね、そのタイミングにあわなかった。それに僕自身のリリーフとしての信用がなかったんだと思います。ブルペンのコーチは2Aの時から僕のこと知っていますから」

 今シーズン残した成績は、2Aで5勝4敗、防御率4.61、3Aで5勝3敗、防御率5.38というものだった。見た目の数字はともかく、自身最高の数字で、合計では2ケタ勝利を挙げている。

 それでも昇格はならなかった。メジャーリーグでは、9月にベンチ入りの選手枠が拡大し、マイナーの有望選手を昇格させる「セプテンバー・コールアップ」が行われるが、ここに村田の名が挙がることはなかった。これに対しても彼は、冷静に自分を見ていいた。

「今年の自分を見れば、そういう気持ちにならなかったですね。最初から最後まで、内容がよければチャンスがあったと思います。でも、結果を続けて出せるようになったのはシーズンの終わりごろで、遅すぎましたね。現実としては厳しいなって思います。

 僕くらいのレベルでは、結果を残してすぐ昇格、っていうわけにはいかないです。ドラフト上位で入ったプロスペクトなら、球団も育成したいっていう気持ちや期待値もあって、結果を残せばすぐ昇格ですけど。

 自分を客観的に見るっていうことは大事ですから。自分の位置がわからなければ、レベルアップもできないです」



 それでも、来シーズンに向けて課題は見えてきた。

「安定度」

 調子の良し悪しに関わらずそれなりのピッチングをする。大崩しない。これさえキープできれば夢の舞台に立つことができる、という手ごたえをつかんだ。シーズン終盤の安定度を持ち越せばなんとかなる。そのために必要なこともわかっている。

「バランスですね。どれだけきちんとしたフォームで投げられるか、っていうことです。長いシーズンの中で、体調のいい、悪いはありますけど、悪い時にどうするかなんですよね。いい時は抑えて当たり前なんですから」

 このオフも村田はプレーをすることにしている。4年目になるウィンターリーグへの武者修行だ。11月に発つという。

「ベネズエラに行きます。去年、在籍したカリベスでプレーします。去年のシーズン終了時に『来年も頼むよ』って言われていまして、今年の春のキャンプでも、監督探しに来ていたGMが「是非」って言ってくれたんで。やっぱりうれしいですよね。なかなか、誘われることもないしね。ベネズエラのリーグはレベルも高いんで、そもそも誘いがないと(外国人は)参加もできないですよ」

 カリブでは投のドミニカ共和国、打のベネズエラと言われているらしい。確かに、2012年のア・リーグ三冠王のミゲル・カブレラ(タイガース)に、今年のア・リーグ首位打者、ホセ・アルテューベ(エンゼルス)、打率2位のビクトル・マルチネス(タイガース)など、メジャーで活躍しているベネズエラ人のバッターは多い。そう言えば、途中加入でパ・リーグホームラン王に輝いたメヒア(西武)もこの国の出身だ。そういう国のリーグから誘われるということは村田のピッチングが「メジャー級」の域に限りなく近いことを示している。

 昨シーズンは、年明けのプレーオフまでプレー、ベネズエラ・シリーズのマウンドにも立った。ここでは惜しくも敗退し、カリブの野球の祭典、カリビアン・シリーズの舞台には立つことはできなかった。

「カリビアン・シリーズですか? 確かに行ってみたいのは行ってみたいですけど、アメリカのシーズンに響きますからね」

 今年は年内のレギュラーシーズンだけ参加にとどめるという。目指すところはウィンターリーグのチャンピオンではない。野球の頂点であることを村田は自覚している。そして、それは決して遠くにあるわけではないことも。ベネズエラでのプレーはあくまでそのための手段でしかない。

 当面の目標は、来年のメジャーキャンプの招待枠に入ることだという。バックアップなどではなく、正式にキャンプの参加メンバーに入ることが、開幕ロースターへの第一歩だ。この枠に入りさえすれば、「大逆転」組としてメジャー入りの可能性も出てくる。

▲村田透ベースボールカード

 来年は、いよいよ三十路を迎える。野球選手としてはそろそろ集大成の時期である。その「集大成」の意味は十分に村田も自覚している。

「確かに契約は、あと2年ありますが、来年ダメなら終わりくらいの気持ちでやりますよ。再来年のことを考えたらダメですから。同じ状況(マイナー暮らし)で31歳になって、プレーしていても仕方ないですし。マイナーに野球をやりにいったわけでなく、観光でもないですし」

 とは、野球のエリート街道を歩んできた村田の意地とプライドからくる言葉だろう。

「他人のことは悪く言いたくない」と、言葉を選ぶが、最近に増えてきた日本人選手のマイナー、とくに独立リーグへの挑戦と、自らのアメリカでのプレーを同一視されることを潔しとしない。確かに彼らの中には目的意識があいまいな、現実社会からの逃げの手段としてアメリカの底辺リーグでのプレーを選択しているような者もいる。

 アメリカでのプレーも4年。気が付けば日本でのプロ生活より長くなっていた。そんな息子の姿を両親も一度は見てみたいと口にするようになった。

「来るなとは言いませんが、来ても仕方ないですしね。メジャーと違って球場に行くのも不便ですし、僕がすべてサポートできるわけでもないので」

 とこれを突っぱねるのは、意地と、そして親孝行として見せるべき本当の晴れ舞台が手の届くところにある、という自信からかもしれない。それまで想像の彼方にあり、いったいどういうものかわからなかった「メジャーの舞台」が、去年あたりから視界に入り始め、今年はそこに光が差してきた。

「両親もまだ働いていますから。休みをとってマイナーの姿をみても仕方がないでしょう。メジャーまで行けば見る価値はあるけど……。全ては昇格してからですよ」

 力強く語る村田の目線の先には、日本で上がることができなかった「1軍」の舞台が確かにあった。あとは最高の舞台で力が発揮できるかどうかである。村田に聞いてみた。もし実際にメジャーの舞台に放り込まれたら、どうなのか。即座に返事が返ってきた。

「大丈夫と思うほかないですね」


(取材日:2014.9.27, 熊取珈琲館)
(終わり)

■プロフィール
村田透(むらた・とおる)/1985(昭和60)年5月20日生まれ、大阪府出身。大体大浪商高〜大阪体育大〜巨人〜インディアンズマイナー。大体大浪商高では2002年のセンバツに出場し、勝利も挙げた。大阪体育大3年時に大学選手権で初優勝に貢献し、MVPも獲得した。2007年の大学社会人ドラフトで巨人1巡目の指名を受け入団したが、3年で戦力外通告を受ける。トライアウトに参加した際に、インディアンズのスカウトから誘いを受け、マイナー契約を結んだ。2014年は主に3Aで先発投手として活躍した。ブログ「村田透のおもんない話(http://ameblo.jp/toru-murata/)」

■ライター・プロフィール
阿佐智(あさ・さとし)/1970年生まれ。世界放浪と野球観戦を生業とするライター。「週刊ベースボール」、「読む野球」、「スポーツナビ」などに寄稿。野球記事以外の仕事も希望しているが、なぜかお声がかからない。一発当てようと、現在出版のあてのない新刊を執筆中。

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