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第二十八回「少年野球指導者の立場と『球育』」

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、子どもたちと一緒に「ボランティアコーチ」の意味を学んだことを語ります。


事務局長の妥協なき一喝


我が家が所属していた少年野球チームの子ども一人当たりの会費は1カ月2000円だった。同時期に兄弟がいれば兄弟割引が適用され、二人合わせて3000円。周囲と比較しても、軟式の少年野球チームの会費としては、ごく平均的な額だったように思う。
この額を表に名前が書かれた指定の茶封筒に入れ、会費の回収役である、チームの事務局長に直接手渡す。
8年前に我が家が入団したばかりの頃、同じチームに入って日が浅い家庭のお母さんたちが「◯◯さーん、今月のお月謝をお持ちしました〜!」と言いながら、事務局長に茶色の封筒をまとめて差し出すシーンに出くわした。
するといつもは温厚な事務局長の表情が、突如一変し、厳しい表情になった。そして毅然とした口調で、お母さんたちに向かってこう言った。
「このお金は月謝ではありません! チームを運営するための活動費に充てるお金です! 指導者陣は一銭たりとも報酬はもらっていないんですから! 『月謝』という言葉は今後二度と使用しないでください!」
 事務局長の予想外の見幕に「すみません…」とたじろぐお母さんたち。
 その様子を見ていて、私は思った。
(なるほど…。そうだよな、『月謝』だと、教えてもらってる人にお手当てを払う意味合いになっちゃうもんな。もしかすると、お母さんたちの中には『コーチ陣の報酬がこのお金の中から支払われている』と勘違いしてる人もいるのかもしれないし、その辺のグレーになりやすい部分を、ぴしゃっと言っとかなければ、誤解が広がりかねないと事務局長も思ったんだろうな…)

ボランティアコーチにも格差がある!?


少年野球チームの指導者は基本的にボランティアだ。(少なくとも私は毎月の報酬をコーチがもらっている例を知らない)
 指導者の大半はお父さんコーチ。我がチームの場合は、子どもがチームに在籍していないのにもかかわらず、コーチを引き受けている人に限り、一年に二度、お中元とお歳暮と言う形で1,2万円程度の商品券が贈られていた。(といっても該当者は年間に2,3人程度)
そう、同じ指導者という肩書きをつけ、グラウンドに出ている時間がたとえ一緒でも、同時期にわが子が在籍しているかどうかで、ちょっとした格差が存在するのだ。
 その理由をあるコーチが説明してくれた。
「少年野球の世界では、子どもがいるうちはボランティアのレベルとしては、まだ位が低いっていう考え方がけっこう根強いんだよな。子どもと同じ場所、時間を過ごせて、成長を何年にもわたって間近で見届けられる。これはお金では買えない、その時にしか味わえない貴重な思い出なわけだから。それがリアルタイムで味わえるコーチと、子どもがいないのに時間を割いてきてくれているコーチを同列に扱うのはかわいそうっていう考え方になるんだろうね」
 ボランティアにも位があるなんていう考え方があるとは思わなかったが、納得の説明ではあった。

プラマイゼロで済めば御の字の実情


 となると、お父さんコーチたちは無報酬でお歳暮ひとつもらえない、完全ボランティアということになるのだが、実質はプラマイゼロどころか、結構な「持ち出し」が生じたりする。
 私が所属していたチームでは、子どもたちを乗せて試合会場などへ移動する場合、高速料金、駐車料金は実費請求できるが、県をまたぐような遠征で無い限り、ガソリン代はなぜか各車自腹で払う方式になっており、これが積もり積もると、結構バカにならない額になる。一回子どもらを乗せただけで車のシートとフロアは土でドロドロ。洗車場に通う頻度は増え、土足禁止にしたいくらいに潔癖症のコーチは子どもらを乗せること自体が相当のストレスになっていたようだった。
「反省会」「コーチ会議」などと称し、毎週のように活動終了後に酒場へ繰り出すが、この飲み代もバカにならない。「なんだかんだもっともらしい理由をつけて、みんな好きで飲んでるんでしょ! じゃあ、いかなきゃいいじゃん!」と奥様連中は突っ込むが、指導者業をきちんと果たそうと思えば、話はそんな単純なものではない。サラリーマン同様、少年野球の世界もある程度の飲みニュケーションがあったほうが、組織の人間関係はスムースにいくのも事実。しかし、一回あたり数千円のコストがかかってしまうのもこれまた事実なのだ。(時にはウマの合わない上司と無理やり付き合いで飲んでいるような気分になる時も正直言ってある…)

指導者の魅力はプライスレス


「それでも土日に休めるサラリーマンコーチの人たちはまだいいよ! 休みが野球でつぶれるだけで、収入は減らないんだからさ」
 飲み会の席では、そんなグチも時折聞こえてくる。そう、指導者たちの職業はまちまちで、中には、土日が休みの完全週休二日制で無い上、仕事の形態が歩合方式だったりする人も結構存在する。フリーランスライターの私もその一人だったが、そんな仕事環境の人たちは、チームの活動に参加すればするほど、収入が減る形になる。報酬のないボランティアどころか、実際は、生活費と睡眠時間に犠牲を強いながら、コーチの肩書を背負っているケースも少なくなかったりする。
 それでも、コーチたちは老体にムチ打ち、炎天下の夏場も、凍えるような冬場も、グラウンドへ足を運ぶ。その時にしかできない、かけがえのない経験をさせてもらっているという感覚、そしてその経験から得られる喜びはお金で買えるものではない。私の知り合いで、土日フルで少年野球のコーチ業にいそしめるよう、完全週休二日の会社に転職した人もいるが、それほどの魅力が指導者業にはある。
 私も次第に「その時にしかできない、プライスレスな体験をさせてもらっている」と思うようになった。収入が減ることに関し、妻は当然いい顔をしなかったが、次男が中学に上がるまで、という条件で計7年間、貴重な経験をさせてもらうことができた。

野球と習い事は別くくりで扱うべき?


「君たちはそろばんや習字、スイミングなど、野球以外の時間で、いろんな習い事をしてたりするよね? それらのお稽古事と野球、決定的に違うことがあるんだけど、なにかわかるかな?」
 わがチームでは、2008年以降、新チーム結成時に、最上級生を集めて、そんな話をするようにした。
 選手たちはみな首をひねりながら「なんだろう?」という表情をするが、毎年一人くらいは「習字とかスイミングはコーチが給料をもらえるけど、野球はボランティア…?」と答えられる、ありがたい選手が存在するものだ。
「そう。そこが大きな違いなんだ。でもぼくらコーチはお金では買えないような報酬を君たちからもらえている。一緒にずっと頑張って、できなかったことができるようになった時の君たちの会心の笑顔が給料に変わるご褒美だと思っている。でも、コーチたちは、君たちの笑顔を見るために、仕事や休日、睡眠時間を犠牲にしてグラウンドに足を運んでるのも事実なんだよな」
 チームの練習場所は河川敷。練習の都度、ネットを張る必要があった。
「もしもこの野球が、習字やスイミングと同様の仕組みだったら、コーチ陣がネットを無条件で張るべきだと思う。でもこのネットは上級生になったら、君たちの力だけで十分張れる。以前はコーチが張ってたけど、数年前からは最上級生にこのネットを張る役を毎年任せてる。練習開始時間までに君たちがネットを立てるだけで、コーチたちは20分遅く来ることができるし、朝一番から力仕事をしなくても済む。その分、君たちが今までよりも早くグラウンドにくることになるけど、そのことでコーチたちの睡眠時間は最大20分延ばすことができる。つまり、上級生で力を合わせることで、コーチたちに20分の睡眠時間を毎週プレゼントできるんだけど、今年のチームもやってみないかい? いやなら別にいいんだけど…」
「いえ、それくらいやらせてください!」
 恩着せがましく言う意図はないのだが、ボランティアという事実をきちんと理解させることは「球育」の一環だとチームは考えていた。ほんのちょっとした心がけで、笑顔以外の、プライスレスな報酬を自分たちの力でボランティアコーチに届けることができる。そのときの自分の立場で最大限にできることをきちんと考えられる、そんな人間に育ってほしいという願いも込めた問いかけだった。
なんだかんだで、コーチたちは従来通りの時間にグラウンドに現れる。「コーチにやらせるなよ! 手伝おうとするコーチがいたらちゃんと断れよ!」などと言い合いながら、コーチたちの手を借りずに、練習時間開始までに必死にネットを張ろうとする子どもたちを見ていると、なんだか無性に愛しく思えたものだ。

読者の方々の中には、今からわが子をどのチームに入団させようか、悩んでいる方もいるかもしれません。しかし先述したように、ほぼすべてのチームの運営はボランティアで成り立っているもの。
「ほかのお稽古事と野球を同じ習い事のくくりにしない」
 たったそれだけで、「あの家庭は野球育児センス抜群だね!」と評価してもらえること、うけあいです。


文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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