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リーグ戦12勝無敗で圧倒した153キロ右腕! 広島ドラ1・岡田明丈の野球を知らなかった時代


 前田健太、黒田博樹を継ぐ本格派投手を欲する広島が関西大学球界の誇るエースを獲得。中学で野球を始めるまでルールを知らず、高校時代はストレート一本勝負だった男は今年ついに覚醒、ドライチに上り詰めた。
(取材・文=谷上史朗)


回顧2011年夏


 2011年に高校野球の試合を観戦した際のスコアカードをまとめたファイルがある。数えるとその夏、僕は各地の予選を34試合見ているが、大阪大会でベスト8まで勝ち上がった大商大高の試合は1度も見ていない。つまり、地元大阪にいながら、6試合も投げた岡田の最後の夏を見ていないのだ。

“開花前”だったとはいえ悔いが残る。そこで何をしていたのか、と当時の大商大高の試合日程とスコアカードを見比べてみた。

 7月16日。大商大高の大阪大会初戦は逆転サヨナラ(2-1)で桃山学院に勝利。岡田は8回途中まで投げている。僕はこの日、北九州市民球場で福岡大会を観戦。北筑の左腕、今永昇太(駒澤大→DeNA1位)を見ていた。

 22日、大商大高の2回戦は12-5で高石に勝利。僕はこの前日、佐賀大会準々決勝で北方悠誠(元ソフトバンクほか)の熱投を見た結果、夜のうちに帰れなくなり、翌日は博多でオフを楽しんでしまった…。25日、大商大高の3回戦は4-0で八尾に勝利。のちに話を聞いたとき、岡田本人が高校時代のベストピッチに挙げた一戦だ。1安打完封と言っていた。この日の僕は、わかさスタジアムで京都大会の決勝を観戦。龍谷大平安の優勝だった。

 26日、連戦の大商大高は信太を6-5で振り切り4回戦突破。岡田は6回5失点で降板している。僕はこの日、ほっともっとフィールド神戸で兵庫大会の準々決勝を見ていた。そして28日、大商大高は6-4で清教学園を2試合連続の延長で下し、ついにベスト8。この日も僕は兵庫大会の準決勝を観戦。

 そして30日、僕はまたしてもほっともっとフィールド神戸で兵庫大会の延長再試合、東洋大姫路と加古川北の決勝を観戦。原樹里(東洋大→ヤクルト1位)が2日トータル24回の“完投”をもろともせず2安打完封。東洋大姫路が5年ぶりの夏の甲子園を決めた、その日、大商大高は舞洲ベースボールスタジアムで行われた準々決勝で大阪桐蔭に10-0の5回コールド負け。岡田は3回途中でマウンドを降り、高校野球を終えている。

「あの頃は変化球が曲がらないスライダーしかなかったんです」と話を聞いたとき、岡田はあの夏を振り返った。続けて「でも大阪桐蔭にも真っ直ぐをとらえられた感じはなかったんです」とも。

 事実、許したヒットは2本。ミスや四球が絡み失点、降板の後、2番手が打ち込まれての大敗だった。今も大商大高の監督を務める高橋克典氏も「真っ直ぐは力があった。あの頃は真っ直ぐ一本でした」。このストレートとともに岡田の人生は開けたのだ。


ルールを知らない中学生が…


 高校時代からさらに話を遡らせると、岡田は東京生まれで、中学までは東京暮らし。“関西風”の雰囲気を感じないのもそのためだ。さらにプロフィールを確認すると、中学に入るまで野球とは無縁の生活だったこともわかった。球技は小学校の頃に少しやっていたサッカーと「まあまあ得意でした」と言ったドッジボール程度。ところが中学では友達に誘われ、野球部へ入部することになる。

 ただ、野球部の門を叩いたのはいいが、岡田は当時、なんと野球のルールを知らなかった。遊びの野球をしたこともなく、野球ゲームとも無縁。本当に野球について何も知らなかった。だから入部後すぐの練習で「打者・岡田」はスイングの後、三塁へ走り、周りを唖然とさせた。前の右打者が一塁へ走ったのを見て、左打席の岡田は疑いもなく三塁へ走ったのだ。信じがたいエピソードとともに岡田の野球人生はスタートした。

 それでもいざ始めてみると秘めたる運動能力ですぐに頭角を現し、上級生になると小笠原道大(元巨人ほか)に憧れる好打者となっていった。しかし中学から高校へ移る際、家が大阪へ引っ越すことに。もし、そのまま東京で暮らし、東京の高校へ進んでいれば、その後の人生は変わったのだろう。

 大阪へ移ることになった岡田は、大阪で野球をやるなら…と頭を巡らせた。「高校野球には詳しくなかった」という頭に浮かんできたのは、やはり大阪桐蔭。しかし、繋がりがあるわけでも、特別な思いがあったわけでも、そもそも大阪桐蔭の野球部に入れる実力と評価があったわけでもない。

 現実を見つめ直した結果、大商大高へ進むことになった。野球部へ入ると「投げる力があった」と言う高橋監督に見込まれ、投手に転向。すると徐々に球筋も安定し、本人が「140キロは出るようになっていた」という3年の夏には、背番号10ながらチームの全6試合に投げるまでに成長した。

 岡田は高校時代を振り返り「自分で考えて行動する、ということを監督によく言われて、今に繋がっています」と話していた。「ダルビッシュの考え方が好き」と言ったこともあったが、理由を聞けば通じる話だとわかった。

「技術もすごいですけど、何より考え方がいいから結果を出し続けられる。練習の一つひとつから意味を深く考えながらやっている。あの姿勢が好きなんです」。ボールの成長とともに内面の成長もあった高校時代。プロの地区担当レベルの会話で名前が挙がるほどの投手となり、次のステップへ進んだ。

投げられなかった理由


 この時点で4年後の楽しみを感じさせていた岡田は系列の大商大へ進学。迫力満点の闘将・富山陽一監督と出会う。4年秋になっても、試合中はもちろん、練習グラウンドでも直立不動で返答する岡田の姿を何度も見た。高校野球のような空気が漂うグラウンドで、岡田は4年間を過ごした。

 1年春から7試合(13回)に投げたが、その後の3季は登板なし。ひとつは岡田に理由があった。ボールに力はあったが、実戦経験のなさが影響したのか、どうにもマウンド上の姿が自信なさげに見えた。ボールに力も乗り切れていなかった。加えてもうひとつ、富山監督自身が口にした岡田が投げなくなった理由があった。「今年で監督6年目ですが、1、2年目に結果が出せず、チームとしても、僕としても結果が欲しい時期だった。だからどうしても当時のエースに頼る戦い方になったんです」

 当時のエースとは、2年前なら今ドラフトでオリックスから2位指名を受けたパナソニックの近藤大亮であり、昨年なら現中日の金子丈のことだ。岡田本人は「力がなかっただけ。力があれば使ってもらったはず」と振り返るが、そんなベンチの事情もあった。


大学4年時に覚醒


 登板のない時期も岡田は黙々と鍛錬を積み、それがのちの開花へ繋がっていった。昨年春のチーム最終戦で4シーズンぶりに登板。わずか4球、打者1人を打ち取ると公式戦初勝利が転がり込んできた。

 するとこれで流れが変わったのか、秋は金子がエースを務めるなか、初戦の先発も2度経験。2勝をあげ、防御率もリーグ4位(2.17)の数字を残すと、今春、一気にスケールアップ。6勝無敗、防御率0.40。45回1/3を投げ被安打23、43奪三振、四死球もわずかに5。完璧な内容でMVPを受賞すると、大学選手権でもチームの全3試合に登板。先発2試合では14回2/3を2失点、救援の3戦目は無死満塁斬りと力を見せつけ、一躍、西のドラフト候補筆頭の声が挙がるまでになった。

 ただ、先にも触れたが一気の覚醒のように見えて、本人は来たるときに備え地道な鍛錬を積んでいた。

 たとえばキャッチボールだ。下級生当時、金子に「どうすればコントロールがよくなりますか?」と聞いたところ「キャッチボールからフォームを意識して投げろ」と言われた。そこからは先輩エースの言葉を忠実に実践。今は逆に、ピッチングのときにキャッチボールの感覚をイメージして脱力系で投げることもあるそうだが、常に体に意識を向けて投げてきた。

 メンタル面も磨いた。普段はおっとり型だがマウンドでは「思うように投げられないとイラつくところがあった」。そこで普段から「我慢」をテーマに毎日を過ごすようにした。日頃の心掛けの話だが、常に意識するとピッチングでも粘りが出るようになってきた。

 そしてドラフトへ向け、注目が高まるなかで迎えた昨秋。ここでも6勝無敗、防御率1・00。63回を投げ37安打、15四死球、51奪三振。最後にやや防御率を落としたが、春に続く盤石の安定感でエースの仕事を果たした。

 ただ、同じ負け知らずの内容でも、春と秋で投球の印象はかなり変わった。春は6月の5リーグ対抗戦で153キロまで上昇したストレートが際立つ一方、変化球の持ち味が貧しかった。ところが、秋は決め球に使えるようになったフォークが強い印象を残した。狙っていけば、もっと三振の数も増えたことだろう。


リリーフが1軍への近道?


 新たな一面も見せたなかで迎えたドラフト。当日の関西のスポーツ新聞では1位指名が確定と見られていた広島のほかに阪神、巨人も最終候補のなかに岡田を残していると報じていた。

 僕は性格的にも、これまでのキャリアを考えても、広島が最も岡田に合うと思っていたが、結果はその通り。阪神、巨人は指名をせず、広島の単独指名となった。前田健太のメジャー挑戦や、黒田博樹に引退の可能性が囁かれたチームは本格派を欲してもいたのだろう。ピッチングスタイルも若かりし頃の黒田に通じるタフさ、強さがある。ただ現時点では、プロで使える球種が少なく、リリーフ起用が1軍戦力の近道にも思えるがどうだろう。


 大学生活の最後は、神宮大会出場を賭けた代表決定戦で敗退。この1年負け知らずできた男が最後に大きな悔しさを味わったが、この経験もまた、プロ入りを前に大きな糧となったはずだ。

 さて、4年前に僕が高校最後の夏を見た今永や原もドラフト1位で同じくプロの世界へ飛び込んでくる。一方では、この4年ですでに2度目のトライアウト参加となった北方のようなケースも。様々な人間模様が交錯する2015年秋、岡田は広島の一員として新たな一歩を踏み出した。


この記事は『野球太郎 No.016 2015ドラフト総決算&2016大展望号』の「野球太郎ストーリーズ」よりダイジェストでお届けしております。


野球太郎No.016
2015ドラフト総決算&2016大展望号
発売日:2015/11/28
価格:1500円
ISBN:9784331803196

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