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数奇な野球人生を歩んだ新井貴浩、荒木雅博、村田修一……。さらば“記憶に残る男たち”

文=森田真悟

数奇な野球人生を歩んだ新井貴浩、荒木雅博、村田修一……。さらば“記憶に残る男たち”
 どんな名選手にも訪れる引退の日。しかし「引退」としてプロ野球界を去ることができる選手は幸せだろう。記録もさることながらファンの脳裏に「記憶」として残るプレーがないと、この2文字にたどり着かないからだ。

 いつまでもファンに語り継がれる引退選手を取り上げたい。

どうしても憎めない“新井さん”


 2018年の「記憶に残る引退選手」がテーマなら、外せないのは新井貴浩(広島)だろう。ドラフト6位入団ながら本塁打王(2005年)と打点王(2011年)を獲得。東出輝裕ら1998年の同期入団のなかでもっとも息の長い活躍をした選手となった。

 プレーもさることながら、「さすが新井さん!」と思わされたのは、2014年の古巣復帰劇。2007年のオフ、多くの広島ファンの恨み節を集めて阪神にFA移籍しながら、阪神退団が決まるや否や古巣がアプローチ。その結果、一見、何事もなかったかのように元の鞘に納まったわけだが、これも人柄が為せる業だろう。

 新井と同じようにFAで巨人へ渡った丸が、数年後に巨人退団となっても同じように手を差し伸べられるかはわからない。「新井さん」が醸し出す“いい人オーラ”は、これからも語り継がれることだろう。

不可能を可能にする超絶コンビプレー


 相方の井端弘和(元中日ほか)の引退から3年、とうとう“アライバ”のアラがユニフォームを脱ぐことになった。無類の強さを誇った落合博満監督時代の中日の守りの要・荒木雅博(中日)である。華麗なグラブさばきで、2004年から6年連続でセ・リーグのゴールデン・グラブ賞(二塁手部門)を独占した名手だ。

 もちろん荒木1人でも喝采を浴びたはずだが、ファンの脳裏に焼きついているのはやはり井端弘和とのコンビプレー。二塁ベース上を通過してセンターに抜けていく打球は、二塁手が捕れたとしても体勢的に一塁でアウトにするのは難しい。しかし、そこで送球をしやすい遊撃手・井端にトスすることで、取れないはずのアウトをさも当然のように重ねた。

 まさに「1+1」が3にも4にもなった名コンビだ。いったいこの2人でどれだけの安打が水泡に帰したのだろうか。

どんなときでも主役は譲らん!


 昨季限りで巨人を自由契約になり、BCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスからNPB復帰を目指していた村田修一も正式に引退を表明した。

 横浜時代に2度の本塁打王に輝くなど、「男・村田」の愛称とともに本塁打をかっ飛ばしていた村田。そんな豪傑の忘れられない側面といえば、“引退試合クラッシャー”であることだろう。佐々岡真司(元広島)引退試合では、本塁打を放って、最後の晴れ舞台を苦笑の場に変えたのは有名なエピソードだ。

 しかし、鈴木健(元西武ほか、引退時はヤクルト)の引退試合ではファウルフライをあえて捕らず、その後の安打につなげるという粋なファインプレーを見せたこともあった。

 本人は引退試合こそ恵まれなかったが、9月28日に東京ドームで行われた巨人対DeNAの一戦で、試合前に大勢のファンに見守られながら引退セレモニー。ともに古巣である両軍の選手に胴上げされ、何かと“引退のドラマ”に縁があった選手として去っていった。

心の中で生き続ける達人たちのプレー


 2回に渡ってお届けした「さらば“記憶に残る男たち”」、いかがだっただろうか。

 総勢7人の選手を紹介したが、今年はほかにも松井稼頭央(西武)、岩瀬仁紀(中日)、山口鉄也(巨人)とビッグネームがユニフォームを脱いだ。本稿執筆にあたって人選を進めているときに、「近年稀に見る引退年だったのではないか」と思うこともあった。

 全盛期のプレーができなくとも、彼らには、選手としてユニフォームを着てベンチやブルペンにいるだけで安心感が漂っていた。そんなオーラすら見られなくなると思うと逆に涙も出ない。

 「ファンの記憶に残る」と言うは易し、行うは難し。そんな壁を乗り越えてきた名選手たちの今後に幸多かれ。

文=森田真悟(もりた・しんご)

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