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「長嶋偏愛主義者」たちが「人間・長嶋茂雄」の魅力を探求する「定本・長嶋茂雄」とは…■ベースボールビブリオ 長嶋茂雄スペシャル最終回




■「定本・長嶋茂雄」

 いや〜皆さん、5月5日の東京ドームで行われた国民栄誉賞授与式はご覧になりましたか? 松井秀喜投手と原辰徳捕手を従えて一番インパクトがあったのはやはりミスター、そうです長嶋さんでした。

 昨年末の引退後、キャッチボールはおろかボールすら握っていなかった松井投手の投球はややすっぽ抜け、長嶋さんの顔付近に。「ファウルだったら安倍首相に当たるかもしれないし」と原監督は必死にキャッチ。その瞬間、暴投を悔やむ松井投手と2人で「コマネチ」を決めているかのようなポーズを見せますが、全ての原因はバットを振った長嶋さん。

 実は4月1日に国民栄誉賞の授与構想が発表されてから、長嶋さんは連日30分近く素振りをして必死のリハビリを敢行。当日は鋭い打撃を披露することで、ファンを驚かせながら病状の回復をアピールするつもりだったといいます。こういった「ファンを驚かせてやろう」という気概こそが、老若男女問わず万人に愛された秘密なのでしょう。

 ベースボールビブリオ「長嶋茂雄スペシャル」の最終回は、そんな長嶋さんを愛してやまない著名人たちが長嶋さんについての「思いの丈」をこれでもかっ! というくらい書き殴っている「定本・長嶋茂雄」(玉木正之編著)を紹介します。

 1989年(平成元年)に発行されたこの本は、現役時代の活躍や第一次監督時代を振り返りつつも、数字や記録には余り触れずに「人間・長嶋茂雄」の魅力を探求する一冊。

 1980年(昭和55年)、3年連続V逸で「巨人軍はこれからも永久に続きます」と名セリフを残して監督を解任されてから、長嶋さんは無職になって素浪人時代を過ごします。

 つまりあの長嶋さんは当時、時々テレビで野球解説をしたり、ミスターサンヨーとして三陽商会のスーツのテレビCMに出演しており、完全な「一般人」になっていました。しかし、ユニフォームを脱いで8年も経ってただのタレントのような存在になったはずなのに、それでもなお監督復帰を願う声が絶たず、さらには現役時代を知らなかった若者にも人気が出てきている現象は一体どういうことか…。

 その魅力を解明するために「長嶋偏愛主義者」たちが独自の「長嶋論」を披露していきます。その表現方法は様々で、長嶋さんとの対談だったり(架空の対談も含む)、小説や随筆だったり、座談会や果ては詩(ポエム)やテレビCM、キャッチコピー等々。今回はそのなかでも個人的に印象に残ったモノを挙げていきます。



 「一茂がバッターボックスに入ると解説するのを忘れてグッと力が入っちゃうんですよ」

 これは江本孟紀氏と近藤貞雄氏の対談のなかで江本氏がコメントした一文。各球場で「サード長嶋」とコールされると、敵も味方も関係なく球場全体が沸き上がり、長嶋さんが活躍していた当時の記憶が甦ったといいます。

 同じプロ野球という土俵に立った2人の対談ですが、完全にファン目線で語る近藤氏と江本氏の掛け合いが絶妙で非常に面白い対談になっています。

 長嶋「あなたはたしか、シーズンの三振記録を打ちたてましたが」
 トマソン「それは皮肉ですか。打ちたてたというのは」


 これには説明が必要でしょう。赤瀬川源平氏が創作した、もし長嶋さんと1981年に鳴り物入りで巨人に入団も堂々の三振王に輝いたゲーリー・トマソンが対談したらどうなるか、といった「空談」のやりとりの一節。

 対談ではトマソンが長嶋さんのデビュー時の4打席4三振にもふれ、最終的にはなぜか2人は意気投合。三振についての素晴らしさを語り、3番長嶋、4番トマソンでクリーンアップを形成し「以後10年間恐怖の三振打線として相手投手に恥をかかせつづけたという。(推定)」とあります。

 赤瀬川氏といえば、不動産に付属しつつ、まるで展示するかのように美しく保存されている意味不明の長物を「超芸術(ちょうげいじゅつ)トマソン」と、芸術上の概念として名付けていたことでも有名です。

 「長嶋茂雄は野球をベースボールに変えた。」

 ノンフィクション作家の石川好(いしかわよしみ)氏の随筆「戦後を具現化した男・長嶋茂雄」のなかの一文。確かに高度成長の真っ最中に活躍した長嶋さんは、そのプレーで日本中を明るく楽しくしたことは間違いないでしょう。

 また当時、引退してタレントのように振る舞っていた長嶋さんと、戦後のデモクラシーが行き着くところまで行き、日本人が築き上げた豊かさの前で自己喪失している姿を重ね合わせているのが面白かったです。

 「ああいうひとが、もう二度と出てこないって事を悲しむ気持ちも分かるけど、ああいう人が一度でも出てきたって事を喜ぶっていう言い方もできるんじゃないかな。」

 この本が発行された1989年は中日で打点王を獲得。当時は脂の乗り切った感のある落合博満氏が長嶋さんを語っている「長嶋茂雄さんに理屈をつけてはいけません」のなかの一文。

 前号でお伝えしたように、長嶋さんの現役引退時には会社をサボって後楽園球場に駆けつけたという落合氏。「正直に言うと長嶋さんの全盛期のプレイを全然知らないわけよ」という同氏は「プロの世界に入って初めて会ったときは身体全体が本当に光っていて驚いた」と語っています。「そういうひとなんだから、そんなひとを、言葉でどうのこうのいっちゃいけないんですよ」というコメントは、長嶋さんへの最大の讃辞ではないでしょうか。



 (長嶋なんて、いなかった。)

 そして最後は糸井重里氏のコピーで締めましょう。現在もコピーライターとして活躍中ですが、80年代には時代の寵児として様々な活躍をみせていた糸井氏。「長嶋茂雄のコピーができるまで」というタイトルで、その魅力的な「キャッチコピーができるまで」を公開しています。

「まあ(公開といっても)、いろんな事を意味もなくメモしていくんですね」といい、長嶋さんに関係する事柄をメモ用紙に脈略もなく書き連ねていきます。最終的に「長嶋は麻薬だ」「長嶋という男がいた」といった候補も出来上がりますが、最後は「長嶋なんていなかった」に決定。

「金田でも江夏でも江川でも掛布でも門田でもこんなコピーを書いたらおかしいけど、長島なら保つ。『超ウソ』みたいな存在なんだ」という走り書きのメモが残されていますが、この感覚こそが、このキャッチコピーが20年以上も前に創られた事にまるで違和感を覚えない理由でしょう。

 他にもここには書き切れないほどの著名人が各人の長嶋論を様々な体裁で表現していますが、この野球古本はある意味、野球本ではないかもしれません。

 つまり、野球の技術や記録、成績でプロ野球選手だった長嶋さんを語るのではなく、長嶋さんのプレイや言動から受ける「人間・長嶋茂雄」を、一野球ファンたちが好き勝手に表現することで、長嶋さんを堪能する本になっているのです。

 江本氏や落合氏もプロ野球経験者でありながら、一長嶋ファンとして想いを語るという「選手が選手を語る」のか、もしくは野球は関係なく「長嶋ファンが長嶋さんを語る」といったほうが適切なのか、もはやそのボーダーラインすらわからなくなってきました。その理由はきっと、語る対象が「長嶋茂雄」だったから…ということは間違いありません。


■プロフィール
小野祥之(おの・よしゆき)/プロ・アマ問わず野球界にて知る人ぞ知る、野球本の品揃え日本一の古本屋「ビブリオ」の店主。東京・神保町でお店を切り盛りしつつ、仕事で日本各地を飛び回る傍ら、趣味はボーリングと、まだまだ謎は多い。

文=鈴木雷人(すずき・らいと)/会社勤めの傍ら、大好きな野球を中心とした雑食系物書きとして活動中。自他共に認める「太鼓持ちライター」であり、千葉ロッテファンでもある。Twitterは@suzukiwrite

■お店紹介
『BIBLIO』(ビブリオ)
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1丁目25
03-3295-6088

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