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第十五回 右打ちから左打ちへの転向

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考えるコーナーの第十五回目。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、「右打ちから左打ちへの転向」について語ります。


作られた左打ちが増殖している!?


(自分が小学生の時って、右投げ左打ちの小学生ってこんなにいたっけ!?)
7年前、少年野球の世界に足を踏み入れた際、「右投げ左打ちの選手の多さ」にものすごく驚いた。
 自分が少年野球でプレーしていた1970年代後半に比べると全選手に占める右投げ左打ちの選手の割合が格段に上がっているのだ。
 私が小学生の頃は、阪神の掛布雅之や巨人の篠塚和典など、プロ野球の世界で右投げ左打ちのスター選手が数多く台頭し始めた時期だった。「右投げ左打ちってなんかかっこいいな」という風潮こそ、生まれつつあったが、実際に実行する少年はまだ少なかった。
(そういえば、掛布に憧れて、練習で左打ちやってみたら、結構感触よくて「左でやってみたい」って思ったのに、コーチに「コラ生意気な! 20年早いわ!」って怒られて、結局やらなかったんだよな…)
 今思うと、なにが生意気なのかよくわからないが、きっと「小学生がプロのマネ=生意気」という図式がコーチに働いたのだろう。
(そういえば、今の少年たちの親で、自分と同じように、右投げ左打ちに憧れを抱いた世代って結構多いよなぁ。ひょっとして、その世代が、現代で自分の子どもに左打ちを勧めているのか…?)
 思わずそんなことを推測してしまった。

大半は親が絡んでいる


 「左打ちは有利」

 そのことが、まるで、あたりまえだのクラッカーのごとく(古い?)、少年野球界に深く広く浸透していることにも驚いた。

「有利ならばやらない手はない」

 そう考える親子が多くなってることが、右投げ左打ちが格段に増えている一番の理由と言い切っていいのかもしれない。
 それを裏付けるように、コーチをやっていた頃、「やっぱり一塁に近いですし、左打ちのほうが有利ですよね? 自分の子もさせようと思うのですが、いいですかね?」という相談(同意?)を保護者からよく受けた。
 中にはチームに入団してくる段階で、すでに左打ちになっている右利きの子もいる。聞けば「お父さんに左の方が有利っていわれたから」という答えがかなりの確率で返ってくる。
(そういえば、ドラフト候補へのインタビューでも、「気が付いたら左だった」「父親に命令された」っていう話、よく出るよなぁ。少年野球の「右投げ左打ち」には親が関わっているケースが大半なのかな)
 これは親の「思惑」というよりは「愛情」と表現したほうがいいのだろう。

とりあえず、やってみよう!


「左打ちにさせようと思うのですが、どうでしょうか?」という相談に対し、どう答えるべきか。悩んだ挙句、基本的には次のように答えるようにしていた。
「『一塁が近い』『右投手が多い』という意味では有利なんでしょうが、それだけの理由なら左打ちに固執することはないと思います。やはり優先すべきは『自分の体が打ちやすい方で打つ』ことのような気がするので。
 でもトライしてみるのは全然ありだと思います。その結果、自分に合ってるなと感じたら続けたらいいし、たとえ合わなくても、トライすることで、本来の右打ちのバランスがよくなったりもしますから」
「左打ちにしようかどうか悩んでるんですけど、コーチはどう思いますか?」と自ら相談してくる選手に対しても「とりあえずやってみれば?」と答えていた。
 トライした結果、「左のほうが合ってる気がする! 打ちやすい!」となり、左打ちがそのまま定着してしまうケースもたくさんあったし、「やっぱり自分には無理。全然打てる気がしない」と、断念することを自ら伝えてくるケースもあった。

たとえ元さやに収まっても得るものはある


 指導者サイドでも、「うん、この子は左の方が合ってるな」「この子は元の右の方が合ってるかな」という見極めを感覚頼りではあるが、おこなうようにしていた。その判断が大方、選手たちが最終的に出した結論と一致したところをみると、その感覚はそれなりの精度を備えていたような気はする。
 そのため、指導者を始めた当初は、左打ちを断念した子に対し「うまくいかなくて落ち込んでるかな…。初めから右のほうが向いてそうと思っていたのにな。彼にとっては余計な回り道だったのかも」とトライさせたことを悔やむ気持ちが芽生えたりした。ある程度予想できた結果だったのに、と。
 ところが、実際は落ち込むどころか、ふっきれたようなすがすがしい表情で本来の右打ちに取り組むケースがほとんどだった。
(そうか、よくよく考えれば、左打ちを自ら申し出るような子は、右打ちの打撃に悩んでいるという背景があったりするもんな。きっと心のどこかに「自分は左打ちの方が向いているんじゃないか? 今、自分が打てないのは右で打ってるからじゃないのか?」という疑念があったりする。そのあてがはずれたことで、子どもなりに「さぁ、右しかないぞ! 右をしっかりさせなきゃ!」って、腹が据わるんだろうな)
 指導者や親が「左にしろ!」「おまえは左に向いてない!」と最初から答えを与え、決めつけてしまうよりは、とりあえず右も左も両方体験し、体で感じた上で結論を出す方が長い目で見たら絶対にプラスだと、この時に確信した。
 たとえ、落ち着き先が同じだったとしても。

転向成功の最大の鍵とは…?


 左打ちにトライした結果、「右利きだけど自分は左打ちでいく!」と選手本人が決断。指導者サイドも「左の方が癖なくスムースに振れてるし、長い目で見たらそのほうがいい」と意見が一致した状況がめでたく出来上がったとしても油断はできない。
 その後、左打ちにて、すぐにガンガン打て、結果が出れば、悩み無用なのだが、そうは問屋が卸さないケースの方が私の周辺では多かった。飛躍のためにと、ゴルフのスイングを改造すると、最初のうちはしばらく改造前のスコアよりも悪くなってしまうことが多いように、右で打っていた頃よりも打てなくなってしまう時期がかなりの確率で最初に訪れるのだ。
 そのため、チャンスの場面などで、選手の方から「ここは右で打ってもいいですか…?」と弱気な表情で訊ねてきたり、選手の親が試合中に「ここは右で打て!」などと命令したり、チームメートやほかの保護者から「大事な試合なんだから、右のほうが打てるんだったら右で打てよ」と圧力がかかったりする事態が発生。なんとも腰の座らない、中途半端な取り組みになったりする。
 あまりに結果が出ない時期が長くなると、選手も親も、下手をすると指導者の方も辛抱しきれなくなり「やっぱり右に戻すか…?」という切ない結末を迎えたりする。
目先の結果、目先の勝利にとらわれすぎないこと。
 
 転向成功のための最大の鍵は、案外そんなことだったりするのかもしれない。




文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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