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ニッポンのソウルスポーツを継ぐ者! 我がなりわいは【高校野球監督】


大阪桐蔭高校 西谷浩一監督


記憶でねつ造する物語


 1978年、小学2年の夏。「逆転のPL」の大会で高校野球のトリコとなった私のそばには、大人になってからも高校野球があった。社会に出て仕事をするようになっても、それは日々の風景の一部となってきた。

 20代の半ば、営業車のラジオから、マウンド上でいがみ合っている某校のバッテリーに苦言をていするアナウンサーの声が聞こえた時、私はにんまりしながら営業車を道端にとめて騒動の行方に耳を傾けた。智辯和歌山対帝京による伝説の打撃戦は、事務所に向かう途中の下北沢のパチンコ屋のテレビで見ていた。延長15回裏にボークでサヨナラ負けした宇部商のエースのぼうぜんとした顔は、炎天下の渋谷の街頭テレビで見ていた。今、マークシティがあるあたりだ。井の頭線を降り、ちらっと目に入った試合のヤバいムードに胸がざわついて足を動かせなくなったところ、案の定、壮絶な結末に遭遇したわけだ。出張先の京都・河原町の喫茶店では初出場した都雪谷の大敗を眺めていた。

 街角のテレビで甲子園を見かけると足を止めてしまう、というよりも、甲子園を映しているテレビを街で探してしまうのだ。高校野球ファンならありきたりの話、それこそよくある風景だろう。

 全国津々浦々に根ざした「おらが町」のスポーツでもある高校野球は、よく国民的な存在だと言われる。そこには郷愁があり、日本の風土が濃く反映されている。夏になると甲子園は「自然にあるもの」として街の風景にとけ込んでいく。そしてある瞬間、「かつて味わったフィーリング」が記憶から立ち上がり、ノスタルジックなスイッチがカチッと入り、ざわざわと胸を揺さぶるのだ。人は高校野球をみることで「いつかの情緒」を思い出そうとしている。

 野球は記録のスポーツとも言われるが、高校野球は同時に記憶のスポーツ、空想のスポーツでもある。インターネットで手軽に情報が得られなかったひと昔前は特にそう。新聞に載る地方大会のスコアを眺めては、まだ見ぬ強豪に思いをはせる。映像も資料もない古の名勝負を頭に思い描く。わずかな機会で目撃した事実は、感動は、「あの時、こうだったな……」という記憶のなかで発酵されてゆき、夏の太陽がやってくるたびに風化してゆき、やがて「私だけの高校野球物語」として成熟してゆく。

 事実を追求することは大事だ。だが、ある意味、記憶のねつ造によってドラマチックな風合いを増幅させた「私だけの高校野球物語」を愛でる市井のファンが多いのもまた事実。郷愁、記憶、妄想……。高校野球には、甘美なるノスタルジーを根っこにしたファンタジーの側面がある。人によって試合の記憶がまちまちになるケースは珍しくないが、それは記憶の風化による「私の物語化」が影響しているからだろう。

レジェンド猛りは口承文化に……


 さて、高校野球監督。長年、高校野球を見ていくうちに、主役は監督なのではと思うようになった。3年の夏、最後の夏に刹那を燃やしながら倒れていく(ほとんどの)球児を看取り、明日からの戦いに備える監督たち。彼らは綺麗ごとでは済まない社会の縮図、人生の縮図でもある高校野球に人生を捧げてきた。その生き様は業深く、数奇である。楽しいことばかりではないだろう。恨まれることも多いだろう。猛練習で壊れてしまった球児を前に悔恨の念に苛まれることもあるだろう。若人の夢を潰したこともあるだろう。しかし彼らは、一国一城の主よろしく、地元のライバルと長年つばぜり合いの果てに栄枯盛衰を繰り返し、全国制覇の旗を掲げて毎年甲子園を目指す。まさに大河ドラマだ。

 では何故、高校野球に己をかけるのか。言ってしまえば、高校の部活動だ。不世出のシンガー、ジャニス・ジョプリンの代名詞に「生きながらブルースに葬られ」というフレーズがあるが、高校野球監督もまた「生きながら高校野球に葬られ」ようとする男たちなのか。高校野球の囚われ人……。身を切る猛練習の先に、勝ち負けの先に何があるのか。情深くも非情な決断が何を生むのか。明確に答えられる者はいないだろう。迷いのなか信じられるのは己の信念のみ。答えは風のなかだ。酸いも甘いも胸のうちにしまって、男たちは終わらない放課後を生き続ける。言えないことも多いはずだ。その極太な人生は光と影に彩られ、深みのある年輪を刻んでいく。げに高校野球の魔力は恐ろしい……。

 この連載で取り上げられなかった監督にも、酒をひっかけて試合に臨んだという春夏優勝監督、津久見の小嶋仁八郎、怪物・江川を緻密に攻略した広島商の迫田穆成(現・如水館監督)、「鬼の阪口」と恐れられた東邦の阪口慶三(現・大垣日大監督)、礼儀作法を尊んだ鹿児島実業の久保克之、「炎のチーム」で雪をかき分け36回の出場を果たした福井商の北野尚文、ひとり訪れた東北の地で孤軍奮闘して強豪チームを作り上げた東北、仙台育英の竹田利秋、斜陽の炭坑街にある三池工で初出場初優勝を果たし、東海大相模を経てアマチュア球界の重鎮となった原貢、「酒とケンカ」の自暴自棄な日々の脱出口を高校野球監督に見いだした横浜の渡辺元智……、数えられないくらいの規格外の男たちがまだまだいる。

 猛り、奮い立った名将たちのエピソードはこれから、昭和の匂いがする口承文化として語り継がれていくのだろう。薄れゆく記憶のなか、ファンタジーとして……。

業深きD.N.A.の行方


 今、高校野球監督は世代交代の時期を迎えている。私の少年時代に甲子園でオーラを放った名将のほとんどは引退し、鬼籍に入った人物も少なくない。代わって、母校・報徳学園の細やかで粘っこい野球に、PL学園全盛期のパワーを融合させて「平成最強軍団」を作り上げた大阪桐蔭の西谷浩一を筆頭に、北信越に初の優勝旗をもたらした敦賀気比の東哲平、神奈川野球の次代を担う東海大相模の門馬敬治、「機動破壊」で衝撃を与えた健大高崎の青柳博文、毎年のように手強いチームを育てる花巻東の佐々木洋ら、30代、40代の監督たちが甲子園の常連として名を挙げている。

 同時に、高校野球のあり方も変化した。おらが町のエースがひとりで投げぬく牧歌的な時代は終わり、強豪校はエース級を2、3枚揃えるのが定石。選手の健康管理もデリケートになり、壊れたヒジでマウンドに立つエースを見かけなくなった(が、ファンにとって高校野球の醍醐味は残酷劇でもあること。大きな声で言うのははばかられるが、悲壮なエースをみな愛している。人は残酷だ)。

 野球留学も珍しくなくなり、エリート中学球児の進学ルートもシステム化された。練習施設の改善により雪国の高校のハンデは少なくなった。ファンにとっては、パソコンのキーボードを少し叩けば、遠い地の強豪の試合もチェックできる便利な世の中になった。そして、一番の変化だと思うのだが、なにより昭和の監督のような規格外の荒ぶりが許されなくなった……。

 すべてがスマートになり、戦略や技術は向上している。でも、どこか寂しさを感じてしまうのも事実。この連載のタイトルは「レジェンドたちの遺産」だが、それを考える度に、もしかしたら今は断絶の時なのかもしれない。そんな気持ちになった。また、これからは行き届いた情報化により、空想のスポーツとしての高校野球マジックも薄らいでいくことだろう。どちらが良い悪いの話ではない。勝手の悪さを無理やりこじ開ける昭和的なエネルギーが消え、新しい高校野球の始まろうとする時に、今はあるのではないかという話だ。

 ただ、変わらないものもある。それは監督たちが、野球だけをやってきた球児の夢すら残酷なまでに崩れ落ちる瞬間に立ち会い続ける、ことだ。夢を看取る業をなりわいに選んでしまったということだ。深き業のD.N.Aの先に何があるのか。これからも味わっていきたい。


■著者プロフィール
山本貴政(やまもと・たかまさ)
1972年3月2日生まれ。ヤマモトカウンシル代表。音楽、出版、サブカルチャー、野球関連の執筆・編集を手掛けている。また音楽レーベル「Coa Records」のA&Rとしても60タイトルほど制作。最近編集した書籍は『デザインの手本』(グラフィック社)、『洋楽日本盤のレコードデザイン』(グラフィック社)、『高校野球100年を読む』(ポプラ社)、『爆笑! 感動! スポーツの伝説超百科』(ポプラ社)など。編集・執筆した書籍・フリーペーパーは『Music Jacket Stories』(印刷学会出版部)、『Shibuya CLUB QUATTRO 25th Anniversary』(パルコ)など。

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