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高校野球女子マネージャー誕生物語

 高校野球100年の節目の甲子園大会が終了。まだまだ余韻覚めやらず、録画した放送や「熱闘甲子園」で大会を振り返っている高校野球ファンも多いのではないだろうか。「熱闘甲子園」に限らず、高校野球を題材とするコンテンツの鉄板ネタが「女子マネージャーもの」。今年も個性豊かなマネージャーたちの涙や奮闘ぶりが眩しかった。また、昨年の甲子園では春日部共栄高校の女子マネージャーがおにぎりを2万個を握って球児たちを支えた、というエピソードが物議を醸したことを憶えている人もいるはずだ。

 甲子園のグラウンドで戦う選手に対して、ベンチから声援を送る女子マネージャーは、スコアブックをつける“記録員”としてベンチ入りを認められた女子高生たちだ。しかし、ひと昔前は甲子園のベンチには女性が入ることなど許されなかった。その“女人禁制”が解除された当時は大きなニュースとなった。高校野球と女子マネージャーのあり方を巡るエピソードを振り返ろう。


甲子園ベンチに初めて女子高生が! 大きな変革が起きた年


 1996(平成8)年、甲子園大会のみならず高校野球界にとって画期的な改革が起きた。第78回大会から新制度が適用され、記録員のベンチ入りが認められたのだ。以前は責任教師か、控えの選手がベンチでスコアブックをつけていたが、それを16人の選手登録(当時)の他に記録の専任者がベンチへ入れるようになる、という新制度が導入されることとなった。

 高校野球のベンチ入りメンバーは「男子生徒に限る」と試合規定に縛られていた。しかし、この記録員のベンチ入りが認められた新制度により、同年の甲子園大会では9校の女子マネージャーが記録員として、試合に出場する選手に交じり甲子園のベンチに入った。ちなみに、選手に関しては事前登録が必要だが、記録員についてはその試合毎に入れ替えが可能だ。


泣かせるエピソード! 男子部員と女子マネの感動秘話


 この記録員制度が導入された年には、こんなドラマもあった。東筑野球部の女子マネージャー・三井由佳子さんは、記録員として甲子園ベンチに座ることができた。福岡大会では3年生の男子部員が記録員としてベンチ入りしており、甲子園でもその男子部員が担当することになっていた。しかし「福岡大会から3年生でベンチ入りしていないのは三井だけ。甲子園では三井がベンチに入ってほしい」と自ら身を引いたという。代わりに念願の甲子園ベンチ入りを果たした三井さんは、チームが敗退した2回戦までベンチに座った。倉敷工に敗れた試合終了後は、そんな男子部員の想いを受けてただただ涙したという。

女子部員でもユニフォームを着てベンチ入りできる方法はあった!


 しかし、「女子」という理由で、未だに選手登録はできない。最近は女子硬式野球部がある高校も増えてきたが、自分自身はメンバー入りできないことも承知で、男子とともに甲子園を目指すべく硬式野球部に入部する女子高生はいる。

 近年では一緒に3年間がんばってきたのに、最初からメンバー入りのスタートラインに立たせることができないことに報いるため、女子部員を“助監督”として登録し、選手とともにユニフォームを着てベンチ入りするケースも存在する。

 女子マネージャーとして、そして、選手として野球部に関わる女子高生たち。高校生活の3年間をどう過ごすかは人それぞれだが、野球を通じて一生の思い出に残る、誇りに思う青春時代を過ごして欲しいものだ。

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