週刊野球太郎
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一本足打法の創始者、命がけの打撃指導

 雑誌『野球太郎』の連載でも御馴染み「伝説のプロ野球選手に会いに行く」の「週刊版」。現在、文庫版“伝プロ”も絶賛発売中!


 思いがけず、読者の方からお手紙をいただきました。昨年末の話になってしまうのですが、関根潤三さんをお招きしたトークライブにご来場の男性、K氏から手渡されたものです。
 お手紙には、王貞治さんを[世界のホームラン王]に育て上げた師匠、荒川博さんのことが書いてありました。

 K氏は1年ほど前から、荒川さんが子供たちに打撃指導する姿を見ているのだそうです。
 場所は、神宮球場バッティングセンター。82歳になった現在も、毎週月曜から木曜の17時から19時まで熱く指導されていて、その様子がK氏には<命がけ>と感じられるとのこと。
 また、来るものを拒まず、いろいろな練習法を見せてくれるあたりは、<サービス精神旺盛>。お手紙のなかで、そんな荒川さんに会いに行ってみては? とご提案いただきました。

 僕自身、荒川さんには、2006年11月にインタビューさせていただきました。きっかけは早稲田実業、「早実」と呼ばれる高校野球の名門が、同年、にわかにクローズアップされたことでした。

 2006年3月、WBCで世界一となった日本代表の監督を務めた王さん。7月に病気のためソフトバンク監督の任務を離れたあと、王さんの出身校=早実が夏の甲子園で初めて優勝しました。
 まして、エースの斎藤佑樹(現日本ハム)が[ハンカチ王子]として脚光を浴び、思わぬ形で、早実が一段とクローズアップされました。そのとき、荒川さんも早実出身という球歴に思い当たり、王さんとの師弟関係が脳裏に急浮上して、この機に会いに行かねば、となったのです。

 当時、お話をうかがった場所も同じく神宮、ゴルフ練習場内のレストラン。東京の下町出身の方らしい、江戸っ子そのもののテンポのいい口調が、今も印象に残っています。

「技術的には、アタシはそんなに劣ってないと思ってた。打つのは誰にも負けない、っていう気持ちもありました。けどねぇ、体力がかなわなかった。なにしろ体がちっちゃいってのは致命傷ですからね。すぐ疲れるんですよ。今日もまたゲーム出んの? って感じで」

 早実から早稲田大を経て、1953(昭和28)年、毎日(現ロッテ)に入団した荒川さん。規定打席未満ながら1年目に打率3割と結果を出しているのですが、まずそのことをうかがうと、上のような言葉が返ってきました。
 実際、毎日〜大毎でレギュラーだったのは4年目まで。それでも、当時の別当薫監督はその打撃技術に目をかけ、新人が入ってくると荒川さんに指導を受けるように命じたそうです。

 その新人のひとりが、やはり早実出身の榎本喜八さん(故人)。実働18年で首位打者2回、打率3割を6回マークし、通算2314安打を記録した左バッターです。
「榎本は入ったときから毎日のように教えてました。だから、アタシの一番弟子は王でなくて榎本なんです」

 一番弟子が立派に育った姿を見て、当時の巨人、川上哲治監督が荒川さんの打撃指導力に注目。それが打撃コーチとして巨人に招くことにつながり、まだ才能が開花していなかった王さんへの、一本足打法習得に向けた徹底指導が始まるわけです。

「びっくりしたのはね、川上さんがね、『荒川ねぇ、王は素質はいいんだけど、なまけものでいけねぇ』って言うんだよな。アタシ、全然、知らなかったんだ。王は真面目だとばっかり思ってた。そんなに酒呑むってことも知らなかったの。ただ、それは努力の仕方を知らないだけでね。やり方を教えてやるのがコーチなんだから、一概に『なまけもん』って決めつけてもいけないんだ」

 まだ若手だったとしても、「なまけもの」とは、王さんのイメージとまったく結びつきません。そして、さらに続いた荒川さんのお話。今思うと、いかにもK氏のお手紙にあったとおり、<サービス精神旺盛>だった気がします。

「王にね、『監督がなまけもんだって言ってたけど、おまえ、そんなになまけもんなのか?』って聞いたら、『遊びだったら負けません』って言うんだよな。あいつは人がいいから、先輩に誘われると『やだ』って言えないんだ。で、本人も嫌いじゃないんだろうね。だから、ついつい行っちゃうんだろうね。そりゃあ、練習よりも面白いもんねぇ、飲みに言ったほうが」

 信じられない……、とは、こういう話を聞いたときにこそ使う言葉でしょう。偉大なる世界のホームラン王にして、監督としては世界一にまでなった野球人と、同一人物とは思えない逸話。もちろん、王さんがその低迷時代から脱却して成功しなければ、決して語られることのなかった逸話でもあります。

「面白いでしょ? それで今、王のそういう時代を知ってる人はもう少なくなっちゃってる。王と一緒に遊んだヤツもジジイになって。だから『王さんは努力家で、真面目な人』っていうのが一般的な印象だよね、誰でも。まぁ、アタシがそれを言うから面白いわけで。アタシだけしか言えないんだよ、これは」

 ご本人にしか言えない話――。それを数多く聞き出すことができたら、インタビュアーとして本望ですし、記事を作るのもうまく行くと確信できます。このときほど、実感したことはありません。
 荒川さんの話はまだまだ続きましたが、その後も盛り上がって、最終的には、実は王さんに「935本」のホームランを期待していた、という秘話までうかがえました。

 K氏のお手紙には、当時の取材では聞けなかったことも書いてありましたので、最後に記しておきたいと思います。

<もう一度、プロ野球選手、右打者を育てたいそうです。そして、55本の年間ホームラン数を超える選手を育てたいそうですよ>

※荒川博さんのインタビュー記事は、『野球小僧』2007年2月号に収録しています。


▲一本足打法の創始者、荒川博さん。「本当は二本足が完成なんだよ」ともおっしゃっていた

★神宮球場バッティングセンターでの《野球教室 荒川道場》については、荒川博さんのオフィシャルサイトを御覧ください。


<編集部よりお知らせ>
facebookページ『伝説のプロ野球選手に会いに行く』を開設しました。プロ野球の歴史に興味のある方、復刻ユニフォームを見ていろいろ感じている方、ぜひ見ていただきたいです。

文=高橋安幸(たかはし・やすゆき)/1965(昭和40)年生まれ、新潟県出身。日本大学芸術学部卒業。雑誌編集者を経て、野球をメインに仕事するフリーライター。98年より昭和時代の名選手取材を続け、50名近い偉人たちに面会し、記事を執筆してきた。昨年11月には増補改訂版『伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)を刊行。今年1月29日発売『野球太郎No.003』では中利夫氏(元中日)のインタビューを掲載する。ツイッターで取材後記などを発信中。アカウント@yasuyuki_taka

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