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中利夫さんの日本記録と提灯打法

 雑誌『野球太郎』の連載でも御馴染み「伝説のプロ野球選手に会いに行く」の「週刊版」。現在、文庫版“伝プロ”も絶賛発売中!


 現在発売中の『野球太郎No.003 2013春号』に掲載されている<伝説のプロ野球選手に会いに行く>。元中日の中利夫さんにインタビューした記事ですが、以前も触れたとおり、往年の名選手の取材はたいてい長時間になります。中さんの場合も、名古屋市内のご自宅で2時間半。

 それだけ数多くのお話をうかがうと、原稿作成の途上で、どうしても割愛せざるを得ない内容が出てきます。実際、中さんにもありました。
 もちろん僕自身、割愛も原稿作成の一環と考えていますが、単行本化のときに加筆したケースは何度もあります。そこで今回は、誌面に出ていない逸話を、この場で公開したいと思います。

 俊足好打の外野手として、ドラゴンズ一筋で18年間、活躍した中さん。通算1820安打、347盗塁、セ・リーグ記録の81三塁打、首位打者1回、盗塁王1回、三塁打王5回、ベストナイン5回、オールスター出場6回という輝かしい実績の持ち主です。
 実は、そんな中さんは、通算の打撃妨害出塁21回という記録を持っています。<打者の振ったバットに捕手のミットが触れると打撃妨害が宣告され、打者は一塁が与えられる>というのが打撃妨害出塁ですが、21回は日本記録です。

 打撃妨害出塁は、滅多に記録されるものではありません。中さんが中日に在籍した18年間、セ・リーグでは計70回の打撃妨害出塁が記録されましたが、平均すると、だいたいシーズンに3〜4回というところです。それが中さんは70回のうち21回ですから、いかに多かったかがわかると思います。

 では、なぜ、それだけバットがキャッチャーミットに当たってしまうのか。中さんに訊いてみました。

「僕はポイントが近いんですよ。キャッチャーが『もうこの人、打たんなあ』と思うところへ、ポッとバットを出す。『もう打たない』と思っても、僕はそのあとから打ちますからね。実際、コーチの坪内(道典)さんに、『おまえ近いなあ』って言われたことあります」

 ふと、そうしたバッティングの特徴はプロで後天的に身につくものではないのでは? と思い、さらに質問しました。

「ポイントが近い、という特徴は、高校時代から変わらなかったんですか?」
「変わらないですよ。だいたい、僕らの高校時代のバッティングピッチャーって言ったら、部長が山なりのボール投げるだけですから。そういうボールは前(投手寄り)で打てないでしょ? ボールをゆっくり見てゴーンと打つ」

 山なりのボールをゆっくり見て打つ――。そういう打撃練習が主体で、果たして、高校からのプロ入りで結果を出せるものなのか、と思ってしまいます。しかし、中さんはプロ2年目にはレギュラー級の働きをしているので、その点は驚かされます。

「プロはボール速いな、キレがいいだろうな、っていうのは、入る前は想像してましたよ。だけど、プロ入って、見たら、そんなに速いと思わなかったから」

 緩いボールでもしっかりと見て、自分のポイントまで十分に引きつけて打つ。そういう練習を繰り返したおかげで、かえってプロのスピードに順応できることにつながったのでしょうか。
 中さんの答えはこうでした。
「当時、プロのピッチャーがどんなものかなんて、見当つかないほど情報がなかった。想像するだけだったのが、自分にはよかったんじゃないですか?」


▲1936年生まれ、群馬県前橋市出身の中利夫さん。全国屈指の進学校である前橋高から中日に入団した。

 では、対戦したピッチャーは、中さんのバッティングをどう見ていたのでしょうか。  僕は以前、江夏豊さん(元阪神ほか)に取材した際、こういうお話をうかがったことがあります。

「阪神時代に対戦した大洋(現DeNA)の近藤和彦さん、中日の中利夫さん。このお二人はとにかく当てるのが上手くて、ストライクを必ずファウルされるので嫌だった。まして、同じ当てるのでもピッチャー寄りじゃなくてキャッチャー寄り。ミットの手前でバーンと弾かれると、ピッチャーとしては本当に頭に来たよね。普通にカットされるんじゃなしに、そこまでキャッチャー寄りだとムッとするし、キャッチャーもカチンと来る。何度もやられるうちに甘い球が行って、痛打されてしまう」

 マウンド上の江夏さん、相当に腹立たしい思いをしていたようです。「ミットの手前で弾かれる」とは、まさに打撃妨害出塁が多かった証。「そういうバッターには1球、バーンと胸元に投げて、体を起こした」そうですが、たいてい1球では効かないので、2球続けることもあったといいます。
 胸元に投げるのはボール球。ということは、先に2ストライクを取っておかないと、そういう攻め方はできません。また、バッターのほうはそれを見越して、2ストライク目までに勝負をかけることもある。そうした駆け引きが、勝負の面白味、楽しみでもあったと、江夏さんは話していました。

 もうひとつ、中さんのバッティングに関して、“提灯打法”と呼ばれる特徴があります。打席で提灯のように体を伸び縮みさせ、ストライクゾーンの高めに来たら縮んでボールに、低めに来たら伸びてボールに、という打法です。

「動きはそんなにオーバーじゃないんですよ。ただ自分で高いと思ったらキュッと下げるだけ。あるいは腰をちょっと沈めりゃいいわけでしょ? で、低めに来たら膝を伸ばすんです。キュッと。アンパイアに教えてやってるわけです、高いよ、低いよって」

 効果のほどは「アンパイアに訊いてみないとわからないな」とのこと。審判はともかく、一部の相手ピッチャーには大げさな動きに見えて“提灯”といわれたようですが、ご自身による“提灯”の解説は次の一言に尽きました。

「自然に体が動いちゃうんですよね」

 1番打者としてあくまでも出塁にこだわり、得点という記録に最大の価値を見出していた中さん。体が自然に動くのは当然だったのかもしれません。


▲1978年から中日の監督を3年間務め、その後は広島でもコーチに就任。現在は東海地区の放送局で解説者として活躍している。

※次回更新は2月12日(火)となります


<編集部よりお知らせ>
facebookページ『伝説のプロ野球選手に会いに行く』を開設しました。プロ野球の歴史に興味のある方、復刻ユニフォームを見ていろいろ感じている方、ぜひ見ていただきたいです。

文=高橋安幸(たかはし・やすゆき)/1965(昭和40)年生まれ、新潟県出身。日本大学芸術学部卒業。雑誌編集者を経て、野球をメインに仕事するフリーライター。98年より昭和時代の名選手取材を続け、50名近い偉人たちに面会し、記事を執筆してきた。昨年11月には増補改訂版『伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)を刊行。『野球太郎No.003 2013春号』では中利夫氏(元中日)のインタビューを掲載している。 ツイッターで取材後記などを発信中。アカウント@yasuyuki_taka

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