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【プロ野球】1993年はシーズン14度のサヨナラ勝ち!陰の立役者は、無援護に泣かされ続きの伊藤智仁

 大混戦が続くセ・リーグ首位争い。9月15日のDeNA戦でサヨナラ勝ちをおさめたヤクルトが、17日現在、首位をキープしている。

 ヤクルトのサヨナラ勝ちは、この試合で今シーズン5度目を数えた。そこで思い出すのが、15年ぶりに日本一になった1993年だ。この年は、なんと14度のサヨナラ勝ちを記録したヤクルト。当時は年間130試合でありながら、この数字は今もプロ野球記録として残っている。

サヨナラ勝ちの立役者はハウエルと…


 サヨナラ勝ちを決めた14試合のうち、サヨナラホームランが9試合。その半数を超える5本は、ジャック・ハウエルが打ったもので、1シーズン5本はもちろんプロ野球記録だ。

 「7x−5」「6x−5」というスコアが並ぶ中、「1x−0」が2試合。数字の並びを見るだけでも息が詰まりそうな試合に幕を引いたのは、ともにハウエルのホームラン。そして、どちらの試合もマウンドに立ち続けていたのは、ルーキーの伊藤智仁だった。

 この2試合以外にも、伊藤が先発して、ハウエルのサヨナラホームランで決着という試合がある(スコアは3x−2)。7月中旬には右ヒジ痛で抹消と、実働期間が短い中で3度のサヨナラ勝ちに絡んだ伊藤こそ、もう一人の立役者であったことは間違いない。


伊藤が投げると打たない!どこまでも続く無援護


 “高速スライダー”を武器に三振の山を築き、スコアボードにゼロを並べる神がかった伊藤のピッチングは、もはや伝説となっている。

 だがしかし、当時を振り返れば、あまりにも苛酷な伊藤の無援護ぶりに、触れないわけにはいかないだろう。

 3番古田敦也、4番広沢克己、5番ハウエル、6番池山隆寛と並ぶ超重量打線なのに、伊藤が投げると全く打たない…。伊藤が先発した12試合のうち、打線が1点以下というのが実に7試合もあった。

 この年、伊藤は7勝(2敗)を挙げたが、規定投球回数未満ながら0.91という驚異の防御率をマークしたからこその7勝だったことが分かる。

 伊藤が投げると打たないというのが定着してしまったのは、6月9日に金沢で行われた巨人戦だ。ランナーを出しながらも6者連続三振など、2戦連続完封ペースの快投をみせる伊藤。しかしこの日も、ヤクルト打線はわずか4安打と沈黙。9回裏、伊藤は16個目の三振を奪って球団新&リーグタイ記録を樹立し、2アウトまでこぎつけた。

 ところが、篠塚和典に一発を浴びて0−1xの痛恨のサヨナラ負け。

 文字通りマウンドでひざから崩れ落ちて座り込む姿に、ヤクルトファンも呆然唖然。ベンチに戻ってグラブを叩きつける伊藤の姿を見て、ファンはようやく我に返り、悲しみを通り越して怒り爆発の夜となった。

 試合後、野村克也監督は「見殺しにしてしまった」と話していたが、まさにその通り。こんな痛ましい負けがあったのだから、少しは打ってくれるようになるはず。しかし、ファンの願いは届かず、当時のヤクルト強力打線をもってしても、それは叶わなかった。

 巨人戦後、伊藤が登録を抹消されるまでの結果は次のようになっている。

6/16 ○6−0阪神
完封勝利

6/22 ○1−0広島
被安打3の完封勝利、6回までノーヒットピッチング

6/27 △1−1
9回裏 に同点に追いつかれ、延長13回で降板。試合は15回引き分け再試合に

7/4 ○1x−0
9回ハウエルのサヨナラHRで完封勝利、被安打3

 巨人戦の後に伊藤が先発した6月16日の試合こそ、手厚い援護があったものの、それ以降はさらに無援護に拍車がかかったような感じがするのは気のせいか。

 伊藤がいつまでも野球ファンの記憶にとどまり続けるのは、ヒーローに不可欠な悲運の主人公としても、強烈なインパクトを残したことがあるかもしれない。

文=小林幸帆(こばやし・さほ)
野球狂の母親に連れられ、池田がPLに負けた一戦を甲子園で見た小2の夏休みから高校野球ファンに。ヤクルト大好きの女子高時代は、ビニ傘片手に放課後を神宮球場で過ごす。

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