週刊野球太郎
中学、高校、プロ・・・すべての野球ファンのための情報サイト

【後編】四国で10年戦った男・梶田宙引退。新しい「野球文化」を育てた10年の思い出を語る!

 ケガというある意味不本意なかたちで引退を余儀なくされた梶田宙だが、もう現役には未練はないと言う。

「もう十分満足しましたから。今は草野球もやる気にはならないですね。通っていたジムには会費を払っているんで行くんですけど、ストレッチして風呂入るだけです。なにしろ仕事が忙しいですから」

「やりたいことが見つかるまでは、現役を続ける」と言っていた梶田は今、球団運営という新しいやりがいに邁進しているようだ。


 独立リーグという場にあって、現役10年はアンタッチャブル・レコードと言えるだろう。それも、梶田は、日本での独立リーグ誕生以来、今年に至るまで、この新しい「野球文化」(アイランドリーグCEO鍵山誠の言葉)のど真ん中に身を置いてきた。日本の独立リーグが、「次の10年」に踏み出そうという今、彼がフロント側に立って、この「野球文化」の定着に関わることは、ある種の必然と言っていい。

 そんな彼に、「現役10年」においてフィールドでの思い出を話してもらった。

「初年度(2005年)の優勝ですね。でも、その次の年、僕のせいで優勝を逃したんですよ。プレーオフ最終戦の9回2死の場面で、レフトを守っていた僕のところにきた打球を逸らしてしまったんですよ。それでサヨナラ負け。でも、そのプレーがあったおかげで、それから守備を猛練習して、ずいぶんうまくなったと思います」

 これには続きがある。5年目を迎えた2009年、2度目のリーグ制覇を果たした高知ファイティングドッグスは、BCリーグチャンピオン・群馬ダイヤモンドペガサスも破り、独立リーグ日本一に輝いた。この年の長崎セインツとのリーグチャンピオンシップ第2戦、延長15回のサヨナラ満塁本塁打で決着がついたこの試合で、チームを救ったのは梶田の守備だった。14回表、1死三塁の場面で、センターフライを捕球した梶田はタッチアップしたランナーを見事に本塁で刺したのである。独立リーグ日本一を引き寄せたワンプレーと言っても過言ではない。

 しかし、そんな日本一に貢献するプレーを見せ、独立リーグチャンピオンに輝く歓喜の中、すでに梶田はNPBという目標を失っていた。この年のドラフトはもはや気にもならなかった。

「あの時でもう27歳でしょ。最初は3年をメドにしていたんです。ドラフトが気になったのは4年目くらいまでですかね。根拠はなかったんですけど、ここで成績を残せば、プロにいけるんじゃないかと思っていましたから。その頃までは球団から『まだチャンスがある』って言われてましたし……」


 梶田とともに草創期のファイティングドッグスを支えた元エースの相原雅也は梶田という選手をこう評する。

「いい選手ですよ。ただ、僕もそうだったんですけど、まとまっているっていうか、すべて及第点なんですよ。僕はピッチャーだったけれど、彼は外野ならどこでもそつなくこなしましたからね。でも、独立リーグの場合、スカウトは何か光るものを見るんです。そういう意味では、2人ともプロ(NPB)というのは厳しかったんでしょうね」


 希望を失っても、現役を続けることにしたのは、ファンの後押しがあったから、と梶田は言う。

「スポンサーについてくれた方がいらして。その方には、もう息子のようにかわいがっていただきましたね。そういう方々のため、高知のためにプレーを続けていかなくてはと思うようになりました」

 もう高知は野球のための「出稼ぎ場」ではなくなっていた。シーズンオフの帰省期間は、年を経るごとに短くなっていった。やがてオフも高知で働くようになり、故郷・愛知には正月に顔を出すだけとなった。息子の覚悟を、年を経るごとに感じていたのだろう。3年目くらいまでは、シーズン中、足しげく観戦に来てくれていた両親の足も次第に鈍くなってきた。

 そして、梶田の母親は、強烈なはなむけの言葉を残した。

「もう高知の人になってください」

 梶田自身も高知に骨をうずめてもいい、と言う。人の温かさに惚れ込み、これからも高知のために働こうと覚悟を決めている。

「ほんと、アットホームですよ。なにしろ『高知家』っていうくらいですから。高知の雰囲気が好きなんで、ずっといてもいいかなって思いますよ」

 もうすっかり「高知県人か?」という質問は、「それはわからないですけど」と笑いながらはぐらかしたが、その顔には高知のため、アイランドリーグのため、現役時代と同じ全力プレーで臨む覚悟がにじみ出ていた。

 高知だけではなく、もちろんアイランドリーグへの愛着にも強いものがある。とりわけ、初年度からプレーしていた選手との絆は強い。

「リーグ合同で100人が一緒にキャンプをしましたから。だから、高知とか香川ではなく、『アイランドリーグ』っていうひとつのチームみたいな意識があるんですね。試合でも交流しましたし、話す機会も多かったです」

 アイランドリーグは初年度からその理念通り、2人の選手をNPBに送り出した。同じように主力として活躍しながらも、ドラフトにかからなかった梶田の心中が複雑だったことは想像に難くない。しかし、歳を重ねるにつれ、その心境も変わっていったという。

「みんなライバルではあるんですけど、頑張っている選手には(NPBに)いってほしい。そう思うようになりましたね。自分がもう無理だなって思い始めた頃には、自分のことより、他の選手に(ドラフトに)かかってほしいなって思うようになりました」


 独立リーガーとして、現役10年。ようやくバットを置いて、これからは球団を運営する側に回る。33歳にして「社会人1年生」というわけだ。一見、遠回りに見える道のりだが、梶田はそれを認めながらも、「人生、長いので」と意に介さない。

 最後に「遠回り」をしているのかもしれない、アイランドリーグの後輩へ言葉を残してもらった。

「一日一日を大切に、ってことですかね。チャンスはどこに転がっているかわかりませんし、いつ来るかわからないその機会を生かさないとなりませんから」

 そう語る梶田のスーツ姿は、すっかり様になっていた。


(次回はNPBに進んだ「四国の同志」たちとの対戦について語ります)

■ライター・プロフィール
阿佐智(あさ・さとし)/1970年生まれ。世界放浪と野球観戦を生業とするライター。「週刊ベースボール」、「読む野球」、「スポーツナビ」などに寄稿。野球記事以外の仕事も希望しているが、なぜかお声がかからない。一発当てようと、現在出版のあてのない新刊を執筆中。ブログ「阿佐智のアサスポ・ワールドベースボール」(http://www.plus-blog.sportsnavi.com/gr009041)

記事タグ
この記事が気に入ったら
お願いします
本誌情報
雑誌最新刊 野球太郎No.32 2019ドラフト直前大特集号 好評発売中
おすすめ特集
2019ドラフト指名選手一覧
2019ドラフト特集
野球太郎ストーリーズ
野球の楽しみ方が変わる!雑誌「野球太郎」の情報サイト
週刊野球太郎会員の方はコチラ
ドコモ・ソフトバンク
ご利用の方
KDDI・auスマートパス
ご利用の方