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肩を豪快に下げるニューヒーローが登場!! したが……(第44回)

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。

前回からの続きとなります。

いい投手はどこかで肩を落とす!?


 その後も桑田真澄氏の発言に注目し続けたところ、プロ173勝右腕は「利き腕側の肩を下げてはいけないという常識を疑え!」とばかりに自身の持論をテレビ番組やインタビュー記事などを通し、世に発信し続けていた。

 桑田氏によると、利き腕側の肩を落とすフォームは大きく3種類に分けることができるという。

タイプ1.テークバックに入る前に利き腕側の肩を落としてから体重移動をする
例:桑田真澄(元巨人ほか)、岡島秀樹(アスレチックスFA)、野茂英雄(元ドジャースほか)、村田兆治(元ロッテ)。

タイプ2.肩を平行にし、真っすぐ立った後、体重移動中に肩をいったん落とす
例:松坂大輔(メッツFA)など。

タイプ3.高いところから倒れるように投げているように見えて、実は前足が着地する瞬間に利き腕側の肩を一瞬下げる
MLBで活躍する投手に多いパターン。

 この分類に当てはめると、テークバックの時点で大きく右肩を下げるフォームだった次男はタイプ1、長男はタイプ2ということになる。



 桑田氏は言う。

 「やはりいいピッチャーは一度どこかのタイミングで利き腕側の肩を下げているんです。日本プロ野球においても、伝説の投手・沢村栄治さん(元巨人)をはじめ、金田正一さん(元国鉄ほか)、堀内恒夫さん(元巨人)、藤田元司さん(元巨人)などの投球フォームの写真を見ても、やはりみなさん、肩をいったん落として、マウンドの傾斜をうまく利用しているんです。特に教えられたわけではなく、自然と会得した動作だと思うのですが、いい投手の共通点であることは間違いない」

 球界の先人たちも本能レベルで肩を下げていたからこそ、歴史に残る成績を積み上げることができたのかもしれない。

肩を下げるメリットは1つじゃない


 桑田氏はある日のテレビ中継解説で、阪神の能見篤史投手を次のように絶賛していた。

「足を上げて、その後、一瞬左肩を下げる動作が入る。これが素晴らしい。スリークオーター、もしくはオーバースローで投げるピッチャーは絶対にこの動作が必要。なぜならば、肩を下げることによって上半身がタテに回転しやすくなるんです。タテにしっかり回転できるということは、ボールにも回転を与えやすくなるので、伸びる球質のボールが生まれやすくなる。一瞬肩を下げないと、体の回転が横回転になってしまうので、(オーバースロー、スリークオーターの投手が本来かけることが可能な)スピンがかかりにくくなってしまう」

 私は心の中で手を打った。

 (つまり、肩を下げる動作は、タテのスムーズな回転を生み出すトリガー(きっかけ)のような役目を果たしているということか! 自分が肩を下げることで投げやすいと感じる理由は、おそらく、このためだったんだ!)

 肩を下げてはいけない、という先入観のない息子らが肩を下げて投げているのは、「そのほうがいい球が投げられるということを息子らの体の本能が知っているから」という確信に近い推測が自分の中で成り立った。

 桑田は肩を下げることによって生じるメリットはほかにもあると説明を続けた。

●タテに鋭く割れる回転量の多い質のいいカーブは、肩を下げたフォームから生まれるといっても過言ではない。
●変化球を投げる上で、タテの変化が鋭くなる。肩を下げたほうが、鋭く斜めに落ちるスライダーも投げやすくなる。
●利き腕側の肩を下げることによって、利き腕側の肩が前に早く出てこず、後方に残りやすくなる。その分、打者から見た時にボールの出どころが見づらくなる。


 一瞬、利き腕側の肩を下げるだけで、オーバースロー、スリークオーターの投手はこれだけのメリットを享受できるというのだ。桑田氏の明快な説明を聞いていると、「下げない手はないじゃないか!?」という思いだけがひたすら湧き上がる。

その後の我が家の長男、そして次男


 (最近、上から投げ下ろすようなオーバースローの投手や、タテに割れる鋭いカーブを投げられる投手が減ったなぁ、という印象があったけど、もしかすると、「肩を下げてはいけない」という指導法が日本中に蔓延してるせいなのか…?)

 長男が中学時代に所属したクラブチームのプロ経験者のピッチングコーチは肩を下げることに関し、特に咎めることはなかったという。チームには肩を下げながら、タテに大きく割れるカーブを投げられるオーバースローの投手が多く存在し、長男も肩をいったん下げる小学生時代のフォームを見失うことなく、無事に高校野球へ辿りつくことができた。

 一方の次男は、中学の軟式野球部に入部した初日に顧問の先生より「右肩を下げるな! 平行に!」と命令調で言われたという。入部前から「きっと肩の下げのことは言われるよ。きちんと話し合って、意見を伝えるなりして、自分を持っておかないと、損するのは結局自分やで」という話は次男にはしていたが、結果的には命令に従う以外の術は次男にはなかったらしい。

 数カ月後に練習試合を観に行くと、タテ回転のトリガーを失い、開きの早い横回転のフォームから、走りの悪いボールを苦々しい表情で投げこむ次男の姿があった。その後、フォームに関しては本人なりに試行錯誤を繰り返したようだったが、一度、肩を平行にするフォームを体に強引に刷り込んだからだろうか、小学生時代は本能レベルで押せていたタテ回転のトリガーボタンに一向にスイッチが入らないまま、今年に入り、投手失格の烙印を押されたようだ。

肩を豪快に下げて結果を残すニューヒーローの登場!


 「肩は平行に」という常識が相も変わらず、球界に色濃く残る中、極端に利き腕側の肩を下げながら、上を向くようにして真上から投げ下ろす、一人の大物高校生が甲子園で躍動した。桐光学園からドラフト1位で東北楽天に指名された松井裕樹だ。

(久々に豪快なオーバースローのピッチャーを見たなぁ! あれだけタテに強烈に回転できているのは、しっかりと左肩を下げてからできることだろうし、あの斜めに鋭く落ちる独特のスライダーの軌道も、肩を下げているからこそ生まれるんだろうな。球の出どころがあそこまで見にくいのも肩を下げてるからだろうし。彼の活躍によって、日本球界のこの変な常識が変わっていったらいいのにな…!)

 ふと思った。

 「肩を下げるな」という指導法が常識化している中、よくぞ今のフォームのまま、無事にプロの世界へ辿りつけたなと。もしもどこかで「肩を下げるな!」と命令する指導者に出会ってしまっていたら、今日の松井投手はおそらくなかっただろうなと。

 もしかすると、球界の内部では少しずつ常識の修正もおこなわれているのかもしれない。そして、そういった常識を疑うことができた者こそが強烈な結果を出しうる存在となって球界で君臨していけるのかもしれない。

 (そうだ、あれだけ桑田さんだって、世の中に発信してるんだ! 球界も変わってきてるんだよ、きっと!)

 そんな喜びに浸っているところへ、長男が高校の練習から帰宅した。表情が暗い。どうした? 女の子にでもフラれたか?

「今日、監督から肩を下げたらダメだろう、平行にって言われた…。言うこと聞かないと、試合に出さないくらいの勢いで言われた…」

 はぁ…。

 このテーマ、まだまだ根は深そうである。



(了)


文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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