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第十九回 「にんじん作戦」の功罪

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、「野球とごほうび」について語ります。

にんじんはぶらさげるべきか否か?


「今日の試合でヒット2本以上打ったら、DS買ってもらえんねん!」
「おれは今回の大会で優勝したら、ipod買ってもらう約束になってんねん!」
「いいなぁ〜!」
 少年野球の指導者を務めていた頃、子どもらのそんなやりとりをわりとひんぱんに耳にした。
 いわゆる「〜したご褒美に〜〜してあげる」作戦。
 少年野球に携わるようになって知ったことだが、ことあるごとに、我が子の目の前ににんじんをぶらさげる作戦をとる親は結構な割合で存在する。
 そのため、息子らが野球を始めた際、交換条件を出すスタイルを導入すべきか、妻と話し合ったことがあった。
「おれはなんかいやなんだよな、にんじんをぶらさげる作戦は…。最初のうちは効力も高いんだろうけど、そのうちご褒美がないと頑張れないような子になっちゃいそうな気がして…」
「私もあのやり方はあまり好きじゃないのよね…。ご褒美だってどんどんエスカレートしていくだろうし、なんかきりがないよね。そのやり方でモチベーションを上げるっていうのは、なんか違う気がする…」
「○○くんって毎日素振りしてるらしいけど、親に聞いたら、一日素振りするごとにカレンダーに1ポイントつけて、100ポイントたまったら、ゲームとか買ってあげる約束になってるらしいね。素振りを続ける動機にはなるんだろうけど、なんか釈然としないんだよなぁ…」
 結局、我が家では、交換条件作戦をとるのは、やめよう、ということで妻と意見が一致した。
 しかし我が家の方針は息子らにとっては、面白くない。低学年のうちは「○○くんは、今度の試合でホームラン打ったら、最新版のゲーム買ってもらえるんだって! ぼくもそういうやり方がいい!」と妻に詰め寄っているシーンを時折目撃した。
「どうしてそういうやり方がいいの?」
「買ってもらえると思ったら、めっちゃやる気出るもん。頑張れるもん」
「じゃあご褒美の条件がなかったらあんたは頑張れないわけ?」
「そういうわけじゃないけど、ご褒美があったら、もっと頑張れる気がする」
「日頃から頑張ったことに対しての野球の神様からのご褒美がホームランだったり、勝利だったりするんじゃないかとママは思うんだけどなぁ…」
「……」
「そんな交換条件がなければ頑張ることができないんなら、別に頑張らなくていいのよ。親のために野球やってるんじゃないんだから。自分のためにやってるんでしょ?」
「……。もういいよ、わかったよ」
 憮然としつつ、一応、納得の姿勢をみせるようになった(単にあきらめた?)息子たち。小学校高学年になる頃には「よそはよそ。うちはうち」と思えるようになったのか、交換条件話を切り出すことはなくなっていた。

にんじん効果はたしかにすさまじい


 交換条件方式を頑なに拒んだ我が家ではあったが、実は長男が小学3年のときに一度だけ、にんじんをぶらさげてしまったことがある。
 この連載記事の第10回でも記したが、少年野球チームに入団したものの、あまりの弱小ぶりに、約2年間、勝利を味わうことができなかった息子たち。そんな中で訪れた久しぶりの練習試合。大半の家では「もし試合に勝ったら○○を買ってあげる」という交換条件が成立していた。正直、2年も負け続け、私も妻も「一度でいいから勝ってほしい」という思いが極限に達していたのだろう。思わず妻に「なぁ、今日だけは禁を破って、ご褒美出してみようか」と言ってしまった。
「今日だけやってみようか」
「うん、じゃあ今日だけな」
 長男ゆうたろうに「今日勝ったら、欲しがってたDS買ったるで!」と言ったときの彼の「シンジラレナイ…」といわんばかりの表情がいまだに忘れられない。
 効果は絶大だった。どちらかというとガッツを前面に押し出すタイプではなかったゆうたろうが勝利へのすさまじい執念をみせる。
 それまでは見せたこともなかったダイビングキャッチ、そして一塁へのヘッドスライディングを敢行し、打席でもかつてない粘りを披露。残念ながら試合は惜しくも負けてしまったのだが、交換条件がもたらした効果は私と妻の想像以上だった。
「なんか、びっくりしたなぁ…。あそこまで変わるとは…。にんじん作戦、目先の効果は絶大やなぁ」
「うん、私も思った。いくらにんじんぶらさげてるとはいえ、あそこまでわかりやすい執念を燃やすとはね」
「あれじゃあ、ほかの家がついつい、交換条件を出してしまうのもわかる気がするな。目先の結果をとりにいくなら一番手っ取り早そうやもんな。でもいつもやってたら感覚が麻痺して、ご褒美がないと頑張れない子になってしまうような気もする…」
「うん、今日限りにしましょう」
 息子らの少年野球時代、目の前ににんじんをぶらさげたのは、結局この日が最初で最後だった。

 

心を動かされたご褒美ならあげますとも


 交換条件のかわりというわけではないが、こちらの一方的な判断で、息子らにプレゼントを贈ることはあった。
 朝の自主練を休まずに一年通してやり続ける。日々の素振りを何年も休まずにやり通す。そういったことを通じ「こいつ頑張ってるな」という素直な感情が湧いたときには、新しいバットや手袋、時には欲しがっていたゲームを買ってあげたりすることはあった。
 予想もしなかったプレゼントが、予想もしないタイミングで出てくるので、子どもらは目を真ん丸にし、驚くが、「父ちゃん、ありがとう!!」という素直な返しを聞くと、こちらも気分は悪くない。
「これはおまえらが頑張ってる日々の姿勢に心動かされて、おれが買ってあげたくなったものやから、堂々と受け取ったらいいんやで。心動かんかったら買ってないんやし。おまえらが自分の頑張りで得たんやから。それに本来、プレゼントっていうのは、そういうもんやと思うしな。交換条件で得るもんじゃなくてな」
 一通り息子らに講釈を垂れた後、「ぷぷ、えらそうに〜」という妻のちゃちゃが入るのがお決まりである。

我が家の新システム


   現在、中1の次男は月一の割合で私が所属する草野球チームの試合に人数合わせで参加しているが、その試合での成績がそのまま月のお小遣い額になるというシステムを採用している。
 例えば、試合出場給が1000円、1塁打ごとに500円、盗塁1個当たり500円、ピッチャーとして3イニング無難に抑えたら1000円、といった具合だ。先日は長打2本、盗塁3個を記録したこともあり、一試合で5000円以上をせしめ、ほくほく顔だった。
「自分の力で小遣いは稼げ!」「たくさん欲しかったら結果を出してみろ!」「自分の体で稼ぐという感覚を味わってみろ!」という意味合いを込めて始めた制度だったのだが、驚くのは次男のぎらぎらと燃えたぎる結果に対する執念だ。
 およそ草野球には似つかわしくない炎を出しながら、ひとつでも前の塁を奪う姿勢は成果報酬制でなければ絶対にないと思われる。そのガツガツぶりは小学3年の長男の「勝ったらDSゲット」の試合を彷彿とさせる。
(これは子どもに交換条件でご褒美を上げるシステムとは違うと思ってるんだけど、どうなのかなぁ?)と時々、考えてしまうときがあるが、単に決まった額のお小遣いを毎月渡すよりは、「働く喜び」が得れるのではないかと思い、自分の中では正当化している。
 先日、試合を終え、家路へと向かう車の中で次男がしみじみと言った。
「プロ野球選手も要はこういうシステムなんだよね。野球をやっていい結果が出たら、報酬がもらえる。一流になったらそれこそ何億ってもらえるわけでしょ?」
「そういうことになるよなぁ」
「プロ野球選手が頑張れるのは当たり前やん!
ファンに頑張れなんて言われなくたって、絶対に頑張れるよ! やっぱりいいなぁ、野球選手!」
 なんだかひょんなところから、野球に対するモチベーションがえらく上がったようだが…、まぁよしとすることにしますか。




文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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