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中西コーチだけじゃない!世間を騒がせたプロ野球界の“失踪騒動”

 10月27日午前、プロ野球界に衝撃のニュースが流れた。今季まで阪神の一軍投手コーチを務めていた中西清起氏が消息不明となり、球団を挙げての大騒動となったというのだ。

 しかし、その日のうちに事件は解決。本人と連絡が取れ、淡路島に釣りに出かけていただけだったという。

 大きな事件にならずに一安心だが、プロ野球界では今までも幾度となく失踪騒動が起きている。今回、現役中に失踪した選手を紹介しよう。


高山忠克(元阪神ほか)


 作新学院から1963年に国鉄(現ヤクルト)に入団した高山。高卒2年目で早くも18本塁打を放つなど、将来を嘱望される選手として扱われた。その後伸び悩んだものの、準レギュラーは死守した。

 27歳になる1971年に心機一転、金銭トレードで阪神に移籍。開幕から21試合に出場していたが、徐々に調子を落とし2軍落ちすると、7月に選手寮から姿を消し、消息を絶った。

 現役中に失踪して失格選手となったのは歴代でも高山ただ一人。何があったのかは定かでないが、球界を震撼させる大事件となった。

バール・スノー(元日本ハム)


 失踪による失格選手といえば、元日本ハムのスノーだ。1974年に貿易会社の社員として来日した折に日本ハムのプロテストを受け、見事合格。本格派右腕として期待されたが、4月の初任給を受け取ると翌日にトンズラ。勝手に米国に帰国した。

河野博文(元日本ハムほか)


「ゲンちゃん」の愛称で親しまれ、日本ハム、巨人、ロッテでリリーフとしてフル回転した河野も実は“失踪”組。事件の発端は、1990年5月にアキレス腱を断裂したことにはじまる。

 全治6カ月の診断を受け、球団は河野を一時的に任意引退扱いにしてリハビリに専念させることを決定。当時は支配下登録が60人で枠をフル活用するために、ケガ人を任意引退扱いにして、ケガが癒えたら復帰させる手法はよく行われていたが、なんと河野は「任意引退=クビ」と解釈してしまった。

 ヤケになった河野は8月、ついにリハビリを放棄して都内を放浪。球団も消息がつかめず、2カ月後の10月31日に失踪を公表。1988年に最優秀防御率を獲得した左腕の失踪は、一気に世間を騒がせる大事件に。ようやく事態を把握した当の河野は翌日、母親に連れられて球団事務所に出頭した。

井端弘和(元巨人ほか)


 今季限りでの引退を表明した井端も2013年に「失踪か?」と騒がれた。3月のWBCでは打率.556を記録し、ベストナインにも選ばれたが、シーズンに入ると100試合で打率.236と低迷。シーズンオフに年俸1億9000万円から88パーセント減の3000万円を提示されたため、中日退団を決めた。

 退団は既に決まっていたのだが、11月1日、秋季キャンプ開始時にはまだ発表されておらず、「井端がいない」と話題に。さらにロッカーも片付けられており、周囲との連絡を絶っていたことから一部メディアは「失踪か?」とここぞとばかりに活字を躍らせた。


文=落合初春(おちあい・もとはる)

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