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表と裏!? 天国と地獄!? 王貞治、野村克也、阿部慎之助ら首位打者と打率最下位を獲得した男たち


 いいときもあれば悪いときもある。人生でもプロ野球でも、それは同じだ。一年の締めくくりに天国と地獄を味わったとも言える「首位打者を獲得しながら(規定打席到達中)打率最下位も記録している選手たち」を紹介しよう。

王貞治(巨人)


 三冠王に2回輝き、首位打者も5回獲得している「世界の王」こと王貞治。この球史に輝く大打者も、現役最終年となる1980年に打率最下位を経験している。

 引退を決断した際の「王貞治としてのバッティングができなくなった」という発言が有名だが、現役最終年は本塁打こそ30本放っているものの、打率.236はルーキーイヤーを除いて自己最低。19622年から18年間続けていたリーグ最高出塁率の座からも陥落。世界の本塁打王も年齢による衰えには勝てなかったようだ。

【首位打者】
1968年:打率.326
1969年:打率.345
1970年:打率.325
1973年:打率.355
1974年:打率.332

【打率最下位】
1980年:打率.236


野村克也(南海ほか)


 戦後初、また捕手として初の三冠王を獲得した野村克也も打率最下位を経験している。キャリア唯一の首位打者を獲得し、三冠王に輝いた1965年から12年後の1977年に打率.213と最下位に終わってしまった。この年の野村は兼任監督としてプレーしていたが、シーズン間際に解任。踏んだり蹴ったりのシーズンだった。このオフに野村はロッテへと移籍した。

【首位打者】
1965年:打率.320(南海)

【打率最下位】
1977年:打率.213(南海)

佐々木誠(ダイエーほか)


 ダイエーでレギュラー定着を果たした1987年から走攻守でチームに貢献し、スター選手になりつつあった佐々木誠。

 1989年は打撃が振るわず前年の打率.284から打率.235と低迷。翌年以降は持ち直し、1992年に打率.322で首位打者を獲得。この年は同時に盗塁王も獲得した。

 1993年オフに秋山幸二、渡辺智男(ともに西武)らを含む3対3の「世紀の大トレード」で西武に移籍した後も走攻守で貢献。西武の黄金期の後半を支えたが、1996年にはケガの影響もあり自身2度目の打率最下位となってしまう。5年連続で出場していたオールスターゲームへの連続出場記録も途切れてしまった。

【首位打者】
1992年:打率.322(ダイエー)

【打率最下位】
1989年:打率.235(ダイエー)
1996年:打率.243(西武)


阿部慎之助(巨人)


 歴代屈指の強打の捕手・阿部慎之助(巨人)も2012年に打率.340で首位打者を獲得したが、わずか2年後の2014年に打率最下位(.248)を記録している。

 しかし、今シーズンは一塁に専念したことで打棒が復活。規定打席に56打席届かない387打席に終わったものの、打率.310を記録。首位打者を獲得した2012年以来、4年ぶりに3割復帰を果たした。

【首位打者】
2012年:打率.340

【打率最下位】
2014年:打率.248


 近年の強打者で見ると、2012年に筒香嘉智(DeNA)が打率.218で打率最下位となっている。今後、首位打者を確立する可能性は大きいが、もし、首位打者を獲得すれば、「首位打者を獲得しながら(規定打席到達中)打率最下位も記録している選手たち」に筒香も名を連ねることとなる。


文=勝田 聡(かつた・さとし)

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