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本日、高橋由伸引退セレモニー。「11月23日」「ファン感謝デー」「引退」で振り返る球界事件簿

 11月23日といえば、昔から「プロ野球ファン感謝デー」で賑わいをみせる日だ。今年も巨人、広島、ヤクルト、西武、ソフトバンク、オリックス、楽天など、多くの球団の“ファン感”が行われることになっている。

 なかでも注目度が高いのは、新監督・高橋由伸の「現役引退セレモニー」が行われる巨人軍ファン感謝デーだろう。来季もこれまで同様、「背番号24」をつけることが決まっているとはいえ、選手・ヨシノブ、としてはこれが最後の晴れ舞台となる。飛ぶ鳥跡を濁さず。ファンに最高の思い出を残してくれることを願うばかりだ。


 つい、いらぬ心配をしてしまうのは、過去、「11月23日」の「ファン感謝デー」で「引退」した……つまり、今回とまったく同じシチュエーションで、球史をゆるがす大事件を起こした選手がいたからだ。


引退する日、監督にグーパンチをした男


 ときは42年前にさかのぼる。1973年11月23日、阪神タイガースがファン感謝デーを開催。この日を最後に21年の現役生活にピリオドを打つことになっていたのが大洋、東映、阪神で活躍した権藤正利だ。

 権藤は阪神に9年間在籍。阪神で46勝、プロ通算117勝をあげた投手で、1967年には最優秀防御率のタイトルも獲得。実働21年のプロ野球人生に敬意を評し、セ・リーグ連盟表彰も検討されていたほどの選手だった。

 ところがこの日、権藤はファン感謝デー終了後に当時の阪神・金田正泰監督をグーパンチ。シーズン中、権藤が金田監督から「サル」呼ばわりされていた怒りが、最後の最後で爆発してしまったのだ。

 実はこの件の“被害者”、金田正泰監督は、シーズン中にも他の選手に殴られたことがある御仁。選手との関係性は正直、あまりよくなかった。それでも、普段は温厚な人物と知られる権藤がそんな事件を起こしてしまったから周囲も騒然。この騒ぎで、セ・リーグ連盟表彰は取り消しとなってしまった。


「不運」が多かった権藤正利の野球人生


 権藤正利という選手は、とにかく「不運」がつきまとう人物だった。プロ入り早々に活躍して新人王に輝きながら、入団3年目から5年目にかけて、日本記録となる「28連敗」を記録。1955年7月9日から丸2年間、投げても投げても味方エラーや打撃陣の援護に恵まれず、勝利投手になれなかった。

 1968年9月18日の阪神対巨人戦では、阪神・バッキーが投じた王への危険球を巡って両軍総出の乱闘騒ぎに発展。バッキーが退場処分になったあと、急遽マウンドに上がったのがこの権藤で、準備ができていなかったのか王の後頭部にデッドボールを与え、球場中から非難ごうごう。おまけに次の打者、長嶋茂雄にはホームランを食らう損な役回りをつとめたこともある。

 上述した監督殴打事件によって球界に居場所がなくなった引退後は、家業の酒屋を継ぐために郷里の佐賀へ。第二の人生において、再びユニフォームを着ることはなかった。20年以上球界に身を置いた功労者としては寂しい限りだ。

そして、高橋由伸は第二の人生へ


 さて、本日11月23日の主役を務める高橋由伸に話を戻そう。東京六大学のプリンスとして球界の盟主に入団し、その後、ケガもありながらスター選手であり続けた高橋由伸。その野球人生は、不運なことが多かった権藤正利とは正反対の「陽の野球人生」といえるものだった。

 監督としてもこのまま、陽のあたる場所を歩み続けるのか? それとも、茨(いばら)の道が待っているのか。何はともあれ、今日の引退セレモニーでの「最後の言葉」に注目しつつ、無事、第二の野球人生に踏み出せることを祈りたい。


文=オグマナオト(おぐま・なおと)
1977年生まれ、福島県出身。広告会社勤務の後、フリーライターに転身。「エキレビ!」、「AllAbout News Dig」では野球関連本やスポーツ漫画の書評などスポーツネタを中心に執筆中。『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』(新紀元社)では構成を、『漫画・うんちくプロ野球』(メディアファクトリー新書)では監修とコラム執筆を担当している。近著に『福島のおきて』(泰文堂)。Twitterアカウントは@oguman1977(https://twitter.com/oguman1977)

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