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○第10回○開成野球部あるある(終)

 書籍『野球部あるある』(白夜書房)で「野球部本」の地平を切り拓いた菊地選手とクロマツテツロウが、「ありえない野球部」について迫る「野球部ないない」。
 今回は開成高校の第4回。全国トップの進学校にはどんな「野球部あるある」があるのか? 話題の書籍『弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー』(新潮社)の著者・高橋秀実さんに「開成野球部あるある」を聞いてきた!

都大会ベスト16になれた理由とは

 開成はなぜ勝てるのか――。
 練習は週1回。お家芸はエラー。ストライクが入れば投手合格。個性的すぎる監督の指示。データ収集は一切なし。ワンテンポ遅れる選手たちの動き…。
 前回前々回・2回目初回はこちら)までの連載を振り返ると、とても都大会で5回戦(ベスト16)まで進出できたチームとは思えないかもしれない。
 そこで最終回では開成が「ドサクサに紛れて勝つ」というギャンブル的戦略に、どのようにして成功しているのか、取材を重ねた高橋秀実さんの話を元に迫ってみたい。

【開成野球部あるある9】
正面に来た打球以外は「なかったこと」にする内野手。


 開成には「大惨事」という隠語がある。
「内野手が捕れなかった打球を外野手もエラーして…というエラーの連鎖のことを『大惨事』と呼んでいます。それをきっかけにピッチャーもフォアボールを連発したり、試合がガシャガシャになってしまう」
 いかに「大惨事」の発生を防ぐかがカギになる。そこで開成の守備に関する基本的な考え方は「正面の打球を捕る」ということ。正面以外の打球は「なかったこと」にする。
 内野手が正面以外の打球を捕りに行こうとすることで、外野手もエラーしてしまう可能性が高くなるのだという。正面の捕れる打球をしっかりと処理する。自分にやれることをやる、という考え方なのだ。
 他の野球部経験者としては、にわかには信じがたい考え方だろう。明らかに捕れない打球でも飛び込まないと怒られそうな強迫観念とも戦っている野球部員にとっては…。

【開成野球部あるある10】
「エラー慣れ」しているため、どんなにエラーが出ても動じない。


 試合前の練習もまた「ドサクサ」を生み出す大きな要因のようだ。キャッチボールやシートノックで開成守備陣の惨状を見た相手校の選手たちが「あいつら大丈夫か?」と心配するほどで、油断を誘うのだという。
 しかし、試合に入り正面の打球をある程度きっちりさばき、「大惨事」さえ起こらなければ試合は形になる。すると不思議なことに、相手校の選手たちが開成の選手を真似するかのように、目を覆いたくなるエラーを犯すのだという。そうなると試合は泥試合となり、まさに「開成ペース」となる。
「強いチームは『エラー慣れ』していないから、エラーすることでパニックを起こしてガタガタと崩れてしまう。でも開成は常に崩れているから、なんてことはないんです」
 開成以外の野球部は「エラーしてはいけない」という重いプレッシャーを抱えて試合に臨んでいる。たとえ試合に勝ったとしても、エラーの数が多ければ監督に怒られることは間違いない。下手すれば、試合後に延々ノックの雨を浴びることだってある。そんな野球部同士が戦うならまだしも、相手の野球部はエラーを連発。大勝できればいいが、拮抗した試合になってしまった場合、エラーを恐れる野球部員たちは、戦いながら相当な焦りを覚えるに違いない。まるで自分たちの野球が否定されるかのような気がするだろう。
「開成では青木監督が『うまくなるより勝て』と言うんです。野球でもなんでもそうだと思うのですが、我々は『うまくなる』ということに生きがいを感じたりする。でも、『うまくなる』ことと『勝つ』ことは別なんです」
 高橋さんの話を聞きながら、胸がチクッと痛んだ。「勝つ」ために「うまくなろう」としていた自分の高校時代。しかし、「うまくなろう」と脇目もふらずに練習する毎日のなかで、いつしか「勝つ」という目的が置き去りにされてはいなかっただろうか。そして、そのことに気づいたのが高校最後の試合だったのではないだろうかと…。
「うまくなる」ことより「勝つ」ことを選んだのが開成野球部なのだ。

【開成野球部あるある11】
10点差で負けていても、次の回に20点取れそうな予感がある。


 開成の野球は相手を自分たちのペースに引き込むことで「こんなはずじゃない」と動揺を誘い、結果的に「ドサクサ」を呼び込む。そこでモノを言うのが、開成の武器であるフルスイングによる長打力だ。
「10点差で負けていても、次の回に20点入るかもしれない。そんな可能性を感じさせるのが開成の野球なんです。たとえ0対10の5回コールドで負けたとしても、『タイミングの差』で負けたと思えるんです。『6回に20点入ったかもしれないのに惜しいなぁ』と。常に希望が残るんですね」
 高橋さんは野球について回る「データ」が好きではないという。
「『打率』とか、野球のデータって過去のことで、すでに終わったことじゃないですか。でも、ヒットを一本も打ったことがない選手でも、突然試合中にコツをつかんで、打てるようになるかもしれない。それも野球の面白さだと思うんです」
 不確定だからこそ面白い。
 そもそも野球とは、人と人が直接ぶつかり合うのではなく、ボール、バット、グラブと様々な道具を介して行う、非常に不確定要素が多いスポーツだ。
 だからこそ技術の差も大きいが、技術に劣る者が勝る者に勝ってしまう現象も引き起こす。いわゆる「下克上」の多さが野球人気の一因にあるに違いない。
 そのことを開成野球部は改めて教えてくれている。
 高橋さんは『弱くても勝てます』出版後も開成野球部への取材を続けているという。
「本に書いた代が引退して、次の代は青木監督曰く『監督就任以来、最も弱い代』だそうです。でも、そういう時ほどやりがいがあるようで、監督は燃えていますよ」
 まだ、開成が甲子園に出られると思っていますか?
 そう問うと、高橋さんは真剣な顔でこう答えた。
「はい。早ければ来年。遅ければ30年くらいかなぁと思っています」
(おわり)

※次回更新は1月7日(月)になります。


今回の【開成野球部あるある】
対戦校に必ず聞かれる偏差値の数値。


全国トップクラスの進学校と試合ができるとなったら、確かに「偏差値を聞いてみたい」と思うのは当然ではある。しかし、甲子園球児に「野球うまいの?」と聞いてもリアクションに困られるのと同じで、勉強のできる人に「勉強できるの?」と聞いても大した返事は返ってこない。

『弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー』

著:高橋秀実/新潮社/1365円(税込)

高橋秀実(たかはし・ひでみね)
1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、ノンフィクション作家に。主な著書に『にせニッポン人探訪記』『からくり民主主義』『おすもうさん』など。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞を受賞。

文=菊地選手(きくちせんしゅ)/1982年生まれ。編集者。2012年8月まで白夜書房に在籍し、『中学野球小僧』で強豪中学野球チームに一日体験入部したり、3イニング真剣勝負する企画を連載。書籍『野球部あるある』(白夜書房)の著者。現在はナックルボールスタジアム所属。twitterアカウント @kikuchiplayer

漫画=クロマツテツロウ/1979年生まれ。漫画家。高校時代は野球部に所属。『野球部あるある』では1、2ともに一コマ漫画を担当し、野球部員の生態を描き切った。雑誌での連載をまとめた単行本『デンキマンの野球部バイブル』(白夜書房)が好評発売中。twitterアカウント @kuromatie

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