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野球留学〜家を出る子どもと送り出す親の“その日”〜

●刻々と迫る息子の旅立ち日

「あー、牛乳の賞味期限がとうとう入寮日を過ぎちゃったよ……」

 スーパーで買った牛乳を冷蔵庫に並べながら、妻が寂しそうなトーンで言う。

「あと1週間でこの家からあの子いなくなるのかぁ……」

 あの子とは、この春、生まれ育った兵庫を離れ、関東の高校に進学する道を選択した我が家の次男。

(野球留学するに至った経緯は「受験シーズン到来! 誰もが悩む進路・高校選びについて〜どうやって決まる、どうやって決める?(後編)」で記したため、ここでは割愛します)

 3月に入ったあたりから、牛乳を購入するたびに「当たり前だけど、賞味期限の日付けがどんどん入寮日に近づいていくのよね。カウントダウンみたいで寂しくなる」と漏らしていた妻。「日付けが入寮日を過ぎたら、お別れはすぐそこってことかぁ」としょっちゅうため息をついていたが、とうとう賞味期限が入寮日を追い越す日がやってきてしまった。

「でも、あの子が自分で行きたい! って言って選んだ道だもんね。私たちが無理矢理行かすわけじゃない。家から通うよりも絶対にたくましくなるはずだよね。そう思ったら喜ばなきゃ。寂しいなんて言ってられないよね」

 私に同意を求めるかのように言う。

「そうそう。寂しい思いする分、我が子がたくましくなると思ったらええねん。それに俺らより寂しいのは間違いなくあいつやねんから。いくら自分で選んだ道とはいえ、きっと想像以上のことが待ち構えてるんやから」

「そうよね。寂しいとか言ってる暇あったら、入寮の準備を進めよう。まだ揃えないといけないものいっぱいあるよ。練習着やアンダーシャツもまとめ買いしとかなきゃだし、普段着も何着か揃えとかなきゃ。スパイクとかランニングシューズも最初に2、3足買っておいたほうがいい、って言ってなかった? 布団セットもまだ買ってないし。やることいっぱいあるよ」

「ほな、今から買いにいこか」

 筆者の親がこの世を去った時、お葬式の段取りに追われるあまり、悲しみを感じる暇すらなかった時のことを、ふいに思い出した。悲しい気持ちに押しつぶされそうな時、人はバタバタするに限るのかもしれない。

●次男、家を出る

 入寮日を翌日に控え、息子の部屋は泥棒が入ったかのような散らかりようだった。この1週間、お別れ会と称し、連日のように地元の友達や中学の野球部の仲間たちと外食していた次男。そのツケが回り、荷物をまとめる作業がいっこうに進んでいなかった。

「こんなペースで出発時間までに間に合うんか?」

「間に合うように頑張る!」

 関東へは車で移動するため、夜中の3時に兵庫県を出発し、8時間ほどかけ、お昼前に野球部の寮に到着する予定を立てていた。

 夕方、この春に高3を迎える長男が野球部の練習から帰ってきた。妻によると、弟が家を出ることに関し、想像していた以上に長男が寂しがっているのだという。

「あいつ、弟が家を出るって決まった時は、『部屋が広く使える!』なんて言って喜んでたのに、結局、寂しがってるのか?」

「ずっと生まれてから一緒だった弟がいなくなるっていう状況がいざ迫ってきたら、ものすごく寂しいみたいね」

 5歳になる我が家の愛犬メイが準備に追われている息子の部屋を何度ものぞきにいく。その様子を見た妻が不憫そうに言う。

「ここ最近ずっと弟が寝てるとこにピタッとくっついて一緒に寝てたのよ。きっと犬なりに察してるんだと思う。この人、いなくなるんじゃないかって」

「おいおい、しめっぽい話はもう勘弁してくれよ……」

 晩御飯は外食の案も出たが、家族そろっての最後の晩餐のごとくあらたまると寂しさが募るので、結局、普段通りに家で食べることになった。

 翌朝が5時起きの長男は日付が変わる頃にベッドに入った。車は長男が寝ている時間に出発するため、「頑張れよ」と弟にエールを送ってからの、就寝だった。

 結局、次男が荷物をすべてまとめ終ったのは夜中の3時半。荷物を車に積み終わると時計の針は3時50分を指していた。ふと見ると、マンションの中庭をかみしめるように歩いている次男の姿があった。

(幼稚園の頃からこの中庭で数えきれんくらいバット振ってきたんやもんなぁ。いろんな思いが駆け巡るのも無理ないか。4時までに高速のインターを通過したら深夜料金が適用されるから今すぐに出発したいところやけど、バタバタの出発はかわいそうかな。お正月まで帰って来れない可能性も高いし、気が済むまでマンションとのお別れをさせてやるか……)


 午前4時5分、まだ真っ暗な中、長男と犬を家に残し、車を出発させた。

●息子を送り出した日に思うわが親の心情

 約8時間後、目的地である野球部寮に到着した。

 寮は先輩3人と組んでの4人部屋。10畳ほどの部屋に二段ベッドが二組置かれ、テレビはない。

 先輩たちは遠征で留守のため、部屋の数カ所に貼られている「1年生の荷物はここへ!」と書かれた紙を頼りに家から運んできた荷物を収納していく息子と妻。新1年生の寮生は12名。ほかの保護者と寮母さんへの挨拶を済ませたところで、その日の私と妻の役目はすべて終了した。

「じゃあ、帰ろうか」

「そうね、私たちこれ以上ここにいても仕方ないもんね」

 寮の玄関まで見送りにきた息子にそっけない調子で「じゃあ、頑張って」と短く声をかけ、重々しい別れにならぬよう、さっと車に乗り込んだ。妻の別れもやけにあっさりしていた。

「家に帰りますか」
「帰りましょう」

 行きと異なり、次男と荷物がなくなった車がやたら軽く感じる。

 筆者も高校時代は親元を離れ、寮で過ごした。これまであまり深く考えたことがなかった当時の両親の心情を思いながら、帰り道のハンドルを握った。

「なんにも俺には言わなかったけど、やっぱり寂しかったんかなぁ? すごく平然としてるように見えたんだけど……。2人ともこの世にいないから、もはやわかんないや」

「そりゃあ寂しかったでしょうよ。今の私たちとなにが違うっていうのよ。子どもにそれを感じさせないように虚勢張るのが親の最低限の務めなんだよ、きっと」

 親も日々修行、である。


文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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