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[400勝投手]の威圧感に緊張しまくる

 少し前の話になりますが、10月14日に<東京野球ブックフェア>というイベントが開催されて、僕は“一日古書店”の店主を務めました。「古書店」といっても、1メートル四方のスペースに野球本を並べたもの。フリーマーケットのような、学園祭の模擬店を思い出すような雰囲気。その中で自著も陳列させてもらったので、自然に読者の方とお話しできたのはうれしかったです。

 読者の方によく尋ねられたのが、「伝説の選手の取材ってどれぐらい時間がかかるものなんですか?」ということ。
 これまで50人近く取材をしてきて、最長記録は5時間なんですが、だいたい、まず2時間はかかっています。かかっているというか、いつもいつの間にかそれだけの時間が経っている。皆さん、話したいことが本当にたくさんある。
 だから、たとえば、中西太さん(元西鉄)のように、「取材は1時間ぐらいにしてくれ」と言われていたのに、バットを持っての打撃指導話に熱が入って、結局、4時間ほど経っていたり。そういうケースもよくありました。

 逆に、いちばんの例外だったのは、事前に「1時間」と指定されていて、実際に「1時間きっかり」で終わらなければならなかった方。日本プロ野球が誇る[400勝投手]金田正一さん(元国鉄ほか)です。


 東京・渋谷にある金田さんのオフィスにうかがったのは、1999年10月。野球雑誌で長嶋茂雄特集を組むことになり、1958年、ルーキーの長嶋がデビュー戦で4打席4三振を喫した相手、国鉄(現ヤクルト)の金田正一投手に会いに行って話を聞くしかないでしょう、となったのです。
 当時の僕はまだ野球人の取材経験が乏しく、球界の[天皇]と呼ばれた金田さん相手に一人では心許ない、ということで、現役時代の投球を見ている野球研究家の方に同行してもらいました。しかし二人がかりの効果はあまりなく、取材はスムーズに進まず。

 なにしろ、400勝を挙げた途上では14年連続20勝以上、完全試合あり、ノーヒットノーランあり、365完投、4490奪三振も日本記録。
 僕は「わずか1時間であれもこれも聞くのは無理」とあきらめ、質問の内容を、実働20年間で400勝もできた体力に絞り込むつもりでした。肩や肘に致命的なダメージを受けずに登板し続けた、その要因を聞き出せれば、金田投手のすごさが浮かび上がるのではないかと。その上で時間に少しでも余裕があれば、長嶋との勝負についても聞いてみたい−−。

 ところが、初めて会う金田さんは表情こそ快活でにこやかでも視線は鋭く、184センチの長身で横幅も広くて威圧感十分。面と向かった途端、極度に緊張した僕は思わず第一声で、「数々の大記録の原点がどこにあったのかをうかがいたいと思います。できれば少年時代からの…」と言っていました。

 プロの投手としての体力づくりと体力維持に絞り込むなら、そこから切り出すべきだったのに、威圧感に気圧されて、つい曖昧かつ広過ぎるテーマを口に出してしまったんです。

 すると、金田さんは不機嫌になってこう言いました。
「それじゃあ物語になっちまう。物語は語り尽くされている。ワシの物語がそのまま出てしまうと、<我が野球人生>というような、講演そのままになってしまうわけ。そんなもん、読者が読んで面白いと思うかな?」

 野球人のインタビューを講演や伝記のようにはしたくない、それでは面白くないんじゃないか−−。自分でもそう考えていたにも関わらず、質問の仕方を間違えたばっかりに、今目の前で取材している方に読者のことまで心配されてしまった……。

 僕はすっかり動揺して、「ワシのことなんかどうでもいい」と言う金田さんにうながされるままに、「自分自身の物語にはならない話。他のすごかった野球人を称える話」を聞いていったのでした。

 金田さん自ら「話したい」と言われる話をうかがうのですから、それはもちろん面白いんです。ただ、心配になるのが制限時間で、なんとか1時間のうちに、金田さん自身が語る体力づくりと体力維持の話を聞かなければ、とも思っていました。
 必然的に、話の合間に「400」という数字を持ち出すことになり、するとまた「ワシのことはどうでもいい」と言われてしまう。「400勝、すごかったですね、と称える相手に、ああすごかったよ、と真剣に答える馬鹿がどこにいる?」と言われたときには、ハッとさせられました。

 結局、なんとか本題らしきものに入れたのは、残り15分もなくなった頃。物語とも違う、他の野球人を称える話とも違う、金田さんが現役時代に実践していた「勝つための工夫」、その一端を聞くことができました。さらに金田さんご自身、「400」という勝ち星をどう見ているのかも話してもらえて、最後の最後で若干スムーズな対話ができたのは確かです。

 もう少し時間があったら、もっと多くのいい話を聞けたかもしれません。しかし今にして振り返ると、金田さんの威圧感に気圧され、なおかつ時間的に追い込まれていたからこそ、あえて食い下がって聞き出せた言葉もあったように思います。
 そして、その時から13年間が経った今もひとつ確実に言えるのは、僕自身、これまで取材で会いに行った方のなかで金田さんほど緊張した方は他にいない、野球人の他にもいない、ということです。(※金田正一さんのインタビューは11月21日発売の文庫に収録されています)

 次回は、日本プロ野球の黎明期に巨人で活躍した[初代背番号18]、前川八郎さんのことを書きたいと思います。

撮影/井上博雅

文=高橋安幸(たかはし・やすゆき)/1965(昭和40)年生まれ、新潟県出身。日本大学芸術学部卒業。雑誌編集者を経て、野球をメインに仕事するフリーライター。98年より昭和時代の名選手取材を続け、50名近い偉人たちに面会、記事を執筆してきた。10月5日発売の『野球太郎』では、板東英二氏にインタビュー。11月下旬には、増補改訂版『伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』が刊行される(廣済堂文庫)。ツイッターで取材後記などを発信中。アカウント @yasuyuki_taka

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