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【プロ野球契約更改事件簿】東尾修(元西武)は“投手初の1億円”の翌年にMVPでダウン提示!?

文=落合初春

【プロ野球契約更改事件簿】東尾修(元西武)は“投手初の1億円”の翌年にMVPでダウン提示!?
 今年のストーブリーグも盛り上がりを見せた契約更改。歴代プロ野球界の契約更改にまつわるアレコレを紹介したい。

(年俸はいずれも推定)

査定項目が難解でタイムオーバー


 2015年オフに契約更改をめぐって珍事件を発生させたのは大塚尚仁(当時楽天、現巨人打撃投手)。高卒3年目のこの年、1軍初出場を果たした大塚だが、1回目の交渉で保留。なんとその理由は査定項目の説明が長引き、30分の時間がなくなったとのこと……。

 確かにDIPS(※1)、FIP(※2)など、マニアックなセイバーメトリクスの指標が出てきたとすれば、いくらプロ野球選手といえども噛み砕く時間が必要だろう。次回の契約更改で570万円→570万円の現状維持だったのもなかなか面白い。

 やはり査定が複雑なのか、2017年に選手会が実施した契約更改アンケートの「球団の説明は理解できているか?」の質問に対し、楽天は12.96%で12球団中11位だった。

 ただ、このアンケート自体が問題提起しているように一番高いソフトバンクでも理解度は36.62%。理解しないまま判子を押してしまう選手も少なくないようだ。

※1 DISP= 野手が関与しない奪三振、与四球、被本塁打の三部門の数値から投手を評価する考え方

※2:DISPに基づいて防御率を算出する指標

浪花節で生き残った川藤幸三がコンプラ違反!?


 通算211安打でプロの世界を19年生き抜いた男・川藤幸三(元阪神)も契約更改の話題に事欠かない。

 1983年オフには戦力外を通告されるも、「いくらでもエエ、野球をやらせてくれ」と懇願し、1300万円から480万円の限度超えの減俸で再契約。関西の芸能人、財界人が川藤の給料を出そうとカンパを集めたが、そのお金を懐に入れることを固辞。甲子園にシーズンシートを購入し、チャリティーシートにしたことで男を上げた。

 阪神が日本一の栄冠をつかんだ1985年のオフにも川藤は、実は戦力外通告を受けている。野次将軍としてベンチに鎮座し、日本一決定の際は吉田義男監督に続いて胴上げされた。ただならぬ存在感だが、実は1985年の川藤の成績は28打数5安打、打率.179。ふるわなかった。

 そして、シーズンオフ。川藤の契約更改時には大勢のメディアが集結した。日本一、胴上げ、そして引退。花道はできていた。しかし、川藤は「もう1年やらせてくれ!」とまたもや懇願。現役生活続行を決めた。

 会見では困惑するメディアがこんな質問を投げかけた。「川藤選手にとって野球とは?」。

「麻薬みたいなもんや!」

 現代なら問題になりかねないワードチョイスだったが、これぞ川藤節。翌1986年は代打の切り札に返り咲き、監督推薦で初のオールスターゲーム出場。自己最多のシーズン5本塁打をかっ飛ばし、自分自身で花道を作って引退した。

1度目に契約更改しておけば……


 1986年オフ、東尾修(元西武)の契約更改も語り草だ。球団の提示は9500万円だったが、「残りの500万円は自分で出すから、1億円にして」(一説には100万円、200万円などの説もあり)と渾身の交渉を繰り出し、投手初の1億円プレーヤーになった話は有名だ。

 現役晩年だったが、これに発奮した東尾は翌1987年、15勝9敗、防御率2.59の成績を残し、見事にMVPに輝いた。

 当然、その功績が認められ、1度目の交渉では1億円→1億2500万円の提示。東尾はこれを一旦保留した。しかし、直後に無許可の雀荘での麻雀賭博が発覚し、6カ月の出場停止処分。なんと1億円から7500万円への大幅減俸を食らってしまった。

 罰金として25%の減俸と発表されたが、その前の2500万円を入れるとなかなか堪える金額である。

文=落合初春(おちあい・もとはる)

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