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第二十四回 「『もういっちょう禁止』令」

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、練習通りに試合でプレーできない子どもたちに何を、どう教えたらいいのか、悩んだことを語ります。
 前回の続きとなります。


試合のように練習をする方が簡単?


「まだ体のでき上がっていない子どもを預かっているわれわれは子どもたちを量でうまくさせようという発想は捨てた方がいい。量ではなく、練習の質でうまくさせなければいけない。だから野球界の中で、少年野球の指導者こそがもっとも質を問われる。指導力のなさを量でカバーすればいいと考えている人は、少年野球指導者には向かない」
 知り合いの少年野球コーチにそう言われ、頷くしかなかった私。
 いつしか「練習でできたことを試合でもできるようになる」ためのヒントを探すクセがついた。仕事の取材をしているときも、なにか参考になるものがないか、アンテナを立てた。
 あるとき、取材をしたチームの指導者の口から「練習のように試合をしようとするから、難しくなる。試合のように練習をやるほうが簡単だし、効果も高い」という話が飛び出した。
(なるほど…。今まで練習通りのことができるようにと、「リラックスな〜! 練習通りな〜!」なんて言ってたけど、練習のときに「試合のように!」ってやったほうがたしかに効果は高いのかも…。練習と試合のパフォーマンスを等しくすることが目的なんだから、別にそれでもいいんだよなぁ)
 ちょうどその頃、日本ハムのファームが、「練習のノックの際に最初の1球をミスしたら、その日一日はノックを受けさせてもらえない」という方式で練習時からかなりのプレッシャーを選手にかけている、という話を聞いた。
(プロでも、練習と試合の差を埋めるために、そうやって、練習から試合に極力等しいプレッシャーをがんがんかけているんだなぁ…)

「もういっちょう禁止」の効果


 そして、ふと思った。
(試合と練習の一番の違いって、練習はミスをしても、やり直しがきくってことだよな。試合ではミスをしたらやり直しがきかないと思うから、硬くなる。やり直しができる練習から、やり直しがきかない試合になったときにパフォーマンスがぶれてしまう。うちでも、シートノックの時なんかに、ちゃんとできるようになるまで、「もういっちょ、もういっちょ!」っていつまでもやってるけど、とりあえず、一回あれやめてみるか…)
 子どもらがノックでミスをすると、ノッカーが「もういっちょう!」と迫る、野球の練習時によく見かける光景。選手たちのほうから「もういっちょうお願いします!」などといおうものなら、「お、やる気があるな!」という空気が流れる、あの定番の光景を改めてみようと思った。
 選手たちに「試合のように練習をするという発想を持とう。そうしたらきっと練習のように試合だってできる」と話し、「もういっちょう」を基本的には廃止することを伝えた。10球のノックを受けるメニューがあったとしたら10球目をトンネルしたとしても必ず10球で終わるのだと。
 効果は導入初日に感じ取れた。ラスト1球に対する集中力が今までとはまったく違う。あるコーチが私のところに駆け寄ってきて言った。
「あのラスト1球のときの心境は、試合でボールが飛んできたときの『ミスをしたくない!』っていう気持ちとかなり似ているんじゃないですかねぇ?」
 私もそう思った。練習終わりに子どもたちに「もういっちょう廃止」の感想を聞いてみた。
「やっぱりちゃんと成功して終わりたい。じゃないと気持ち悪い。今までは『もういっちょう!』って言っていれば、絶対に最後は成功して終われたけど、 『もういっちょう!』がないということは絶対に最後の球をミスしないようにしないと、気持ち悪いまま終わってしまう。でもこれを続けたら、試合のミスは減りそうな気はする。試合でミスしたら自分が気持ち悪いどころじゃない。自分もみんなもつらい思いをすることになってしまうから」
 選手たちのその言葉を聞いて、腹を決めた。もちろん練習の段階で、ミスをしたくないという気持ちの中でずっとやっていては、「より上の技術を身につけるためのさまざまな試行錯誤」ができなくなってしまう。そのため、時には選手本人がミスを気にすることなく、納得するまで量をこなせるメニューもちゃんと別に設けることにした。その代り、それ以外の時間は基本的には「やり直しは不可」なのだと。

「もういっちょう禁止」は打撃メニューにも


 ノックで効果を感じたので「もういっちょう廃止」の枠をバッティング方面にも広げてみることにした。
 それまでは、フリー打撃やティー打撃のメニューの際の「ラスト一球」が納得のいく当たりでなかった時は「もういっちょう!」と当たり前のように要求していた選手たち。そこをあえて気持ち悪いまま終わってもらうことにした。すると、ノックの時と同様、最後の1球に対する気持ちの入り方が変わってきた。最後の1球を気持ちよく終わりたいがために、変に意識しすぎて、力が入りすぎ、それまでは連続で快音を響かせていたのに、ラスト一球だけ、打ち損じてしまう選手も続出した。私は選手を集めて言った。
「試合ではラスト1球のときに近い気持ちで立ってるってことだよ。力が入っちゃって、ちゃんと打ちたい、打ちたいっていう気持ちが強すぎて、ラストだけ、『あれ?』ってことになっちゃう。逆に練習でラスト1球を打ち損じなくなったら、きっと試合での確率も上がるぞ!」
 打ち損じて、気分よく終われずに悔しがっている選手に対しては「試合だったら、そんな悔しさじゃ済まないよな? なんで最後の球をとらえられなかったのか。後味の悪さと戦いながら、一生懸命自分なりに考えてみ!」とあえてきつめの言葉をかけ続けた。

いつしか解決していた悩み


 効果は比較的早い段階で表われた。練習で100できたことが50しかできなかった子らが、70、80とできる割合がアップしていく。中には「練習と試合のパフォーマンスがほとんど変わらないんじゃないの?」と思う子も何人かでてきた。試合の勝率も比例するように上がっていった。
 子どもたちに聞くと「練習の時に試合のような感覚でやることが多くなってるから、試合であまりテンパらなくなってきたかも」という答えが返ってくるようになった。
「今までいかに練習のための練習をやってきたかってことだよなぁ…」とあるコーチは言ったが、同感だった。
 それからは、「試合に近い気持ちの再現」をラスト1球時だけでなく、さまざまなところにしのばせるようにした。
 たとえば、一人10本のフリー打撃をおこなう際の1本目。自分の打ちたい球以外は打たなくていいが、振ってみて、打ち損じたら、残り9球は無しという決まりに。打つ練習が大好きな子どもたちは、本数を減らされたくないから必死に一本目で芯に当てようと集中する。中には試合よりも集中してるんじゃないか? と思ってしまうような子も現れるが、大概は意識しすぎて力んでしまい、面白いほどに打ち損じてしまう。
 子どもたちも、次第に「失敗したくないと思うと力みやすくなる」という感覚を練習で実感するようになっていった。そのため、練習の時から、「力むなよ〜、自分力むなよ〜」と自らに言い聞かせている子も出現。ここまでくると試合の予行演習を練習内でやっているようなもの。このやり方を導入後、試合におけるファーストストライクを仕留める確率は大幅に上がっていった。
「試合と練習を同じにする」という観点から、打撃練習で打席に入る時は、試合の時と全く同じルーティーンを踏む、という決まりも作った。
 ウェーティングサークルから打席に歩いていくまでの間、打席に入る前の素振りの回数、打席でのワッグルの回数など、すべての手順を各選手ごとに決めさせ、練習でも試合でも同じようにおこなう。すると「試合で前ほど緊張しなくなった気がする」という声が生まれるようになった。
 シートノックの際も、サード、ショートといったように順番に打つことはやめ、ランダム式に変更。試合同様、「どこに飛ぶのかわからない」という部分をフォーカスすることにした。
 「試合のほうが練習よりもいいのでは!?」と言いたくなるような本番に強い選手など、それまでは皆無だったが、「本番でこそ輝く」ような選手が少しずつ出現するようになっていった。
   いつしか「どうやったら練習でできたことが試合でできるようになるんだろう」といったことで悩むことはなくなっていた。

「もういっちょう廃止」の余波とは


 家でおやつなどを食べている時についついやってしまうのが、「あとひとつ」「これで終わり」「今度こそ終わり」などと言いながら、なかなかラスト一個を終えられないまま、結局全部食べ切ってしまうこと。しかし、我が家の場合、これを息子たちの前でやってしまうと、「父ちゃん、練習でいつもおれらに『もういっちょは禁止! ラストはちゃんと一回で終わるからこそラストなんやろが!』なんて言ってるくせに、自分はもういっちょしまくってるやん!」などと血相を変えて突っ込まれるのがオチ。食べていたおやつが仮に「かっぱえびせん」だったとしても子どもは決して容赦してはくれない。
 練習であまりに子どもたちを制約しすぎると、わが子にこそこそ隠れておやつを「もういっちょ」するはめになるのでくれぐれもご注意を…。




文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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