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ドジャース戦法、管理野球、ID野球、さらには選手兼監督も! 現代野球のトレンド采配に迫る

 1月30日に発売された『野球太郎テクニカル Vol.01』。80年以上の歴史を誇るプロ野球界の、技術の進歩や戦略の変化にスポットを当て、現在のプロ野球界のトレンドを探るといった趣向を凝らしている。

 今回は【首脳陣編】と題して、球界にムーブメントを巻き起こした監督と采配を振り返る。


最初のトレンドは巨人V9時代の川上哲治


 監督が球界に大きな影響を及ぼし、その方針がある種のトレンドになった最初の例は、おそらく川上哲治だろう。

 1961年、巨人の第6代監督に就任した際、川上監督が最初にやったのはメジャーリーグ理論の導入だった。

 当時の巨人は戦力が足りず、とても優勝を争えるような状態ではなかった。ところが、海の向こうでは同じように戦力に乏しいロサンゼルス・ドジャースが毎年のように優勝争いをしている。これに注目した川上監督は、ドジャースのコーチであるアル・キャンパニスが著した戦術論『ドジャースの戦法』をそっくりそのまま導入。春季キャンプからそれを実践に移した。

 グラウンドから報道陣を追い出して取材規制を敷いた。コーチ兼任となった別所毅彦が憎まれ役を買って出て鬼軍曹的な役割を担い、選手たちを徹底的に鍛えた。コーチとして招聘した牧野茂が中心となってサインプレーや守備のカバーリングなどを日本で初めて導入した。

 また、選手のプレイひとつひとつに細かい点数をつけてノートに記入した。こうしてチームを運営していく独自の「管理野球」を構築。この管理野球が功を奏したのか、就任1年目にしてリーグ優勝を果たした。チーム打率がリーグ最下位、当時では珍しい20勝投手なしという戦力だったにも関わらず、だ。さらに日本シリーズで南海を破り、日本一に輝いた。

 1965年から始まるV9時代にはスカウト部長も兼任し、グラウンドの上だけでなく、チーム編成の面でも権限を掌握した。関根潤三、森永勝也、富田勝ら他球団の有力選手を次々に獲得してはレギュラー選手たちを刺激した。こうして川上野球は日本野球を大きく変えていったのである。


巨人とは異なる広岡達朗の「管理野球」


 川上の「管理野球」と1981年に西武の監督になった広岡達朗の「管理野球」とはやや意味合いが違う。

 川上が管理するのはプレイそのものであり、グラウンド上の選手だった。広岡が管理したのは日常の選手だった。

 これにはちょっとした事情がある。広岡監督時代の西武は、チームにベテランが多く、技術はほぼ完成していた。ただ、勝ち方を知らなかったのだ。だから、あとは個々の力を勝つ方向へ集結させるだけ。では、どうやって集結させるのか? 広岡なりの答えは「全員がベストコンディションであれば頂点を狙える」というものだった。

 ベストコンディションにするために、あるいはそれを維持するために必要なものとは何か? そう考えて、選手の体調を維持するために食生活の改善に着手したのだ。しかも、夫人にも自然食の講習会に参加してもらうなど徹底していた。本来は選手たちにまかせっきりだったコンディション調整にメスが入れられた。マスコミは批判的に報道していたが、広岡は信念を曲げなかった。だから優勝できたのである。

 体調維持のために選手たちの日常生活まで管理する。それが広岡流の「管理野球」だった。


球界に革命を起こした野村克也の「ID野球」


 前述の川上、広岡らと同じか、それ以上に球界へ影響を与えたのがヤクルトを率いていた時代の野村克也監督が提唱した「ID野球」だ。

 IDとはインポータント・データ(重要な情報)を意味する造語。つまり、監督がチームをつくりあげたり、選手がプレーする際に、経験とか勘など曖昧なものに頼ることなく、スコアラーが記録したデータを駆使して科学的に進めていく、というやり方だ。「ID野球」という言葉によって、野球は考えるスポーツだというイメージも定着したように思える。

 何よりミーティングに長い時間を割いた。野村が延々と講義しながらホワイトボードに板書する。講義は主に野村独自の野球理論だ。これもまたデータに裏打ちされている。

 カウント別に投手心理や打者心理、捕手心理などを解説することもあった。状況によってどう考え、どう対処すべきかをデータを駆使して教え込むわけだ。こうすれば、野球の見方・考え方ががらりと変わる。野球IQも上がるはずだ。

 さらに、データによって導かれた選手ごとの強みや弱みなども教え込む。投手と捕手はどの球種をどのコースに投げればいいか、野手は基本の守備位置をどのあたりに取るかが導き出される。もちろん選手たちはそれを耳で聞くだけでは理解が追いつかないので、ノートをとる。このノートを試合中やオフのときに見返して理解を深めるという算段だ。

 データは嘘をつかない。データによって相手の強みや弱みが丸裸にされる。すべて理解し準備した上で試合に臨むことが重要だというわけだ。


「恐怖野球」や「のびのび野球」


 データを重視する采配が当たり前になった「ID野球」以降。それでは近年の采配トレンドは何か? 現在は、監督のキャラクターが注目されるケースが多くなったように思う。

 野村監督はそのキャラクターや「ぼやき」でも注目されていたが、やはりキャラクターで注目されたのが星野仙一だ。

 しばしば「闘将」と呼ばれ、熱血指導で知られた。選手に鉄拳をふるうこともしばしば。「褒めて伸ばす」「怒って伸ばす」など選手の性格に合わせて指導するのではなく、性格など考慮に入れず、徹底的に怒って指導した。ベンチで殴られて鼻血を出したままプレーした選手も数知れず。


 ドラスティックな改革をすることも多かった。中日の監督に就任するや、いきなりロッテから落合博満を4対1のトレードで獲得。ドラフトでも近藤真一や立浪和義など即戦力高校生を他球団と競合したにもかかわらず1位で獲得している。伸び悩んでいた中村武志や彦野利勝らには鉄拳制裁、山本昌をアメリカに留学させて才能を開花させ、先発投手・郭源治を抑えにまわしてシーズンMVPに導いている。

 とはいえ、星野の野球が基本的に「恐怖野球」であることに変わりはない。

「管理野球」や「恐怖野球」の対局にあるのが、いわゆる「のびのび野球」だ。たとえば、野茂英雄やイチロー、田口壮らを育てた仰木彬。あるいは前年Bクラスだった西武を就任と同時に日本一に導いた渡辺久信。いずれも選手にのびのびと野球をさせるのが身上。それは練習中からも徹底していた。

「のびのび野球」は「管理野球」や「恐怖野球」のアンチテーゼとして登場してきた。管理野球では選手がストレスを感じるし、恐怖野球では萎縮してしまう。それよりも、本来の楽しさを取り戻すべくのびのびと野球をすることで選手たちのベストパフォーマンスを引き出そうというものだ。

 もっとも、のびのび野球は打ち上げ花火的に1度は優勝できたとしても、それが長続きしないのも事実。仰木然り、渡辺然り。常勝軍団は基本的に管理野球。それが球界の常識でもある。


 最後に触れたいのが、「選手兼任監督」について。これは時代の要請というよりは、チーム事情によるものだろう。

 最近ではヤクルトの古田敦也と中日の谷繁元信。野村が南海の監督を解任された1977年以降、選手兼任監督はしばらくいなくなる。

 2006年に古田が就任したのは29年ぶりのことだった。さらに谷繁が2014年から就任。これは落合GMの推薦によるものだった。古田以来7年ぶり、チームとしては野口明以来59年ぶりのことだった。2年間を務め上げ、現役を引退。今季から専任監督だ。選手でもあるという負担が減った谷繁監督の采配がどう変わるのか楽しみだ。

 監督という仕事は楽なように見えて重圧のかかる仕事。どんな個性的な野球をしようとも、結果が出なければ責任を取らなければならない。それも監督の仕事である。

 2016年シーズンは4人の新監督が誕生したが、彼らは新たな采配トレンドを生み出すことができるか。そのあたりも注目したい。


この記事は『野球太郎テクニカル Vol.01』から、ダイジェストでお届けしております。


構成=野球太郎編集部

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