週刊野球太郎
中学、高校、プロ・・・すべての野球ファンのための情報サイト

第二十一回 「素振り」と「歯磨き」

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、「素振りを長続きさせるには?」を語ります。

チャンス到来!?


「よし、今日から素振りは毎日やろう」
「うん、毎日、バット振るぞ」
 今から約7年前となる2006年のお正月。息子たちは一年の目標をそう定めた。当時、長男ゆうたろうは小学2年生、次男こうじろうは幼稚園の年長組。少年野球チームに入団してから数か月が経過していた頃だった。
 きっかけは、当時小学3年生だった同じチームのTくんが毎日素振りをしている、という話をTくん本人の口から知らされたことだった。Tくんは優しく、スタイルもよく、野球もうまい。おまけにイケメン。下級生たちの憧れの存在だった。
「だからTくんはよく打つのかなぁ。父ちゃん、やっぱり素振りって、やるべきなん?」
 私は野球を始めた以上、いずれどこかで素振りを続ける習慣を身につけてほしい、という思いが常々あった。野球のレベルを上げる目的はもちろん、「継続は力なり」「練習は裏切らない」という感覚を素振りを通し、感じてほしかった。
(日課にすることを要求するにはまだ年齢的にも早いかなと思って、あえて強制もしてこなかったけど、憧れのTくんが毎日やっているということを知った今、素振りを習慣づけられるいいチャンスかもしれないな…)

素振りの有効性を説いた元日


 そうだ。きっとこれは野球の神様が一年の始まりの日にくれたチャンスに違いない。
「父ちゃんな、野球をやる以上、素振りは絶対にやってほしいと思ってたんだよな」
「父ちゃんもやってた?」
「やってたなぁ。毎日振ってたで」
 きちんと毎日振ってたのは高校生の時だけだったけど、この際、そんな細かい説明はいいか。多少話を盛ってもばれやしないだろ。
「父ちゃん、素振りってなにがいいの? 実際にボール打たへんのにそんなんでバッティングよくなるん?」
 ほう、なかなか素朴な質問ですな。よし、ここはひとつ素振りの有効性を論理的に説明していくことにしますか。
「素振りのいいところのひとつは『バットを振る力がつく』ことかな。やっぱりな、バットを振る力ってな、バットを振ることでしかつかないんだよな。それは父ちゃんも自分でやってて実感したわ」
「ふんふん、なるほどなるほど」
 二人ともやけに真っすぐな瞳で話を聞いてくれるじゃないか。よし、話を続けるぞ。
「それとな、バッターっていうのはな、基本的にいつも受け身やねん。ピッチャーが投げてくれるまでは、自分からはどうしようもできないんやから。でも素振りだとピッチャーを気にする必要がないから、自分のタイミング、自分のペースで振れる。ゆっくり振りながら形もじっくり確認できるし、すごく自由度の高い練習方法なんよ」
「うんうん。なるほど」
「実際にボールを打つ時は『バットをボールに当てなくっちゃ』っていう意識が入るから、自分のフォームのことなんかじっくり考えてられへんやろ? その点、素振りなら、じっくりとフォームのことを考えながらできる。ボールのことを気にする必要がないから」
「ほんまや! ボール打ちながら形のことまで考えられへんもんな!」
「そういうことよ」
「一日どれくらい振ったらいいん?」
「数はね、特に決めなくてもいいと思う。だらだら100回振るくらいだったら、30回、集中してしっかり振ったほうが成果は上がると思うし。大事なのは、数は少なくてもいいから、毎日やることかな」
 息子らが「毎日」という部分に強い反応を示したのが表情でわかった。
「なんで毎日やることが大事なのかというとだな、おまえら毎日歯磨くやろ?」
「うん」
「その時に『歯ブラシをどうやって使おうか』なんていちいち意識しなくてもちゃんと歯って磨けるよな? なんか考え事しながらでも磨けるよな?」
「うん」
「でもそれって最初からできたことじゃないと思うんだよな。だっておまえらが赤ちゃんの時は父ちゃんや母ちゃんが磨いてあげてたんだもん。そのうち仕上げ歯磨きだけは親がやるけど、基本、おまえらが自分でやるようになって、いつのまにか親がやる仕上げ歯磨きも必要なくなった。それは何年も毎日歯磨きをしてきたからこそなんだよな」
「ほうほう!」
「野球も同じこと。歯ブラシで歯を磨くような感覚でバットを使いこなせないと、やっぱりヒットは思うように打てない。せっかく毎日歯を磨くことで歯ブラシを自由に扱う感覚を手に入れたんだから、バットも毎日振ってみようや。何年か先になるかもしれないけど、歯ブラシのように手の延長みたいな感覚でバットを自由に扱えるようになる日が来るから。父ちゃんはな、そこからがバッターとしての本当のスタートラインだと思ってるんだよな。歯を毎日磨くのは当たり前なんやろ? ならばそれと同じような当たり前の感覚で毎日バットも振ってみようや」
「うん、そうする!」
「同じ方向ばかりで振ってたら、腰とか痛めやすくなるから、右で振った回数と同じくらい左も振りや」
「わかった!」

決意のその後はいかに…?


 あの元日から約7年。
 長男は中3、次男は中1になった。
 「毎日やれ」と言ったものの、せいぜい1週間くらいかな、とたかをくくっていたが、息子らはなんと、「ほぼ」毎日、素振りをやり続けている。
「ほぼ」と記したのは、学校の修学旅行や病気、骨折などでどうしても素振りができないときがあったからで、基本的には毎日やったといってもバチが当たらないくらいに、日々、マンションの中庭で、バットを振り続けてきた。
 夏休みや冬休みに、おじいちゃんおばあちゃんの所へ何日か泊まりにいくときでも、当たり前のようにバットケースをかつぎ、電車を乗り継いだ。
 息子二人を比べた場合、素振りに対してストイックさを感じるのは次男こうじろうの方か。
(兄は弟につられてやっているような部分がどこかある)
   こうじろうは小学生の時にプレー中に指を二度骨折し、それぞれ1カ月ほどバットが振れない時期があったが、いずれも故障明けに大スランプに見舞われた。その際、「素振りをしなかったらやっぱりこうやってしっぺ返しがくるんや。やっぱりおれはバットを振らないとあかんのや」と言ってるのを聞いたときは、「素振りをしないと打てなくなるという強迫観念が強くなりすぎてるのかも…」と少し心配になってしまった。「修学旅行になんとかバットを持っていけないものか」と先生に相談したという話も聞いた。
 しかし、裏を返せば「素振りをしたらおれは打てる」という暗示にかかっているわけで、それはそれでまぁいいかという結論に達している。

 

基本別々、時々一緒に


 基本、兄弟で一緒に振ることは少ないが、時々、「あ、おれもいくわ」と片方が追いかけ、二人同時に素振りにいくことがある。妻はマンションの中庭で兄弟が並んで振っている光景を自宅のある4階から眺めている時間が大好きらしい。
「なんか好きなのよね。兄弟で仲良く振っているの見るの。母親としてなんか幸せを感じる」
「そう? 二人だと、なんかぺちゃくちゃしゃべりながらやってるから、素振りの濃度薄くなってるやろ、あれ」
「あのね、そんなこというけど、自分があの子らの年代のときに、あれだけ毎日バット振ってたの?」
「いや、正直、気が向いた時しか振らんかったな、小、中学生の頃は」
「でしょ!? だったら、そんないちゃもんつけないの。こと素振りに関しては、あの子らは父親を既に追い抜いてるんやから」
 毎日やるモチベーションを7年前に植え付けたのは、いったい誰だと思ってんだ?
 そう言いたかったが、つまらない夫婦喧嘩に発展するのを恐れ、ぐっと飲み込んだ。
 息子らよ、野球を続ける限り、これからもバット振れよ。
 毎日、毎日。歯を磨くように。


文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

記事タグ
この記事が気に入ったら
お願いします
本誌情報
雑誌最新刊 野球太郎No.32 2019ドラフト直前大特集号 好評発売中
おすすめ特集
2019ドラフト指名選手一覧
2019ドラフト特集
野球太郎ストーリーズ
野球の楽しみ方が変わる!雑誌「野球太郎」の情報サイト
週刊野球太郎会員の方はコチラ
ドコモ・ソフトバンク
ご利用の方
KDDI・auスマートパス
ご利用の方