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【ザ・カープ伝説!】 二刀流に二遊間!? 攻めた人選の助っ人伝説

文=落合初春

ザ・カープ伝説! 二刀流に二遊間!? 攻めた人選の助っ人伝説にメヒア&バティスタは乗れるか
 カープの“伝説”を追う本企画。第3回は助っ人に焦点を当てて、伝説を紹介したい。

伝説になり損ねた男


 今年、メジャーの目玉選手になっているのは大谷翔平(エンゼルス)だろう。打って投げての大活躍。「二刀流」で知られる大谷だが、実はカープで二刀流に挑戦した助っ人がいたことをご存知だろうか。

 1992年、1996年から1999年にかけて在籍したフェリックス・ペルドモがその男だ。カープアカデミーを経て、1992年に来日し、一度は戦力外になったものの、台湾球界を経て1996年に再び広島に入団。1996年にウエスタン・リーグで首位打者を獲得すると、翌年からは投手と内野手の二刀流でプレーした。

 ただ、通算打率は1割台、防御率は4点台でバリバリの大活躍とはいかず。二刀流で話題になるはずだったが、当時は外国人投手の登録が2名だったため、内野手登録のペルドモを登板させることで規定をかいくぐる「裏技」がクローズアップされたくらいで終わった。

 一昔前までは「異色の助っ人」として知名度はあったが、最近はあまり名前を聞かなくなってきた。もう一声の活躍があれば、伝説になれたような気もするのだが…。

伝説になった男


 逃した魚は大きかった…。その言葉がピッタリ当てはまるのはアルフォンソ・ソリアーノだろう。メジャー通算412本塁打、3度の30-30(30本塁打30盗塁)、ナショナルズに在籍していた2006年には40-40を達成したメジャーのレジェンド選手である。

 そんなレジェンドだが、実はドミニカのカープアカデミー出身。1996年から1997年にかけて広島に在籍していた。

 ただし、当時はガリガリ。のちにメジャーで盗塁王に輝いた足もまったく冴えず、むしろ鈍足で「ロバ」と呼ばれていたそうだ。2年間で1軍出場はわずか9試合。1998年オフに球団が年俸4万5000ドルを提示したが、ソリアーノ側の希望は18万ドル。年俸調停でも球団側の査定が妥当との裁定が下ったが、当時は本当にその程度の期待感しかない選手だった。

 ちなみにアメリカの現地記事によると、黒田博樹はメジャー時代に何度も対戦し、2013−2014年はヤンキースで再びチームメートになっているが、同じ釜の飯を食べたソリアーノだと気づくまでに結構な時間がかかったらしい。「大化け」とは、まさにこのことだろう。

覚醒したユーティリティー


 思い返せば2000年前後の広島はかなり独特な助っ人路線を築いていた。1999年に入団したエディ・ディアスも面白い選手だった。

 メインポジションは二遊間、加えて三塁も守る選手だったが、入団当初のプレースタイルはまさにユーティリティー。丸眼鏡をかけた風貌も約20年前といえど、古風でなかなかに渋い助っ人だった。

 確かに当時の広島は野村謙二郎が故障に悩まされ二遊間が手薄だったが、まさか絵に描いたような内野のユーティリティーを助っ人枠で獲得するとは……。

 1年目は110試合で打率.263、8本塁打。2年目は88試合で打率.254、8本塁打。実に平凡な成績だったディアスだが、3年目に覚醒。なんと32本塁打を放ったのだ。同郷のアレックス・カブレラ(西武)にアドバイスをもらい、ウエートトレーニングを進めた結果だったが、こちらは日本で「大化け」を果たした。ケガの影響もあり、長くは続かなかったが驚きの活躍だった。

 ちなみにディアスは母国で牧場を経営しており、よく畜産関係の本を読んでいたそうだ。そういえば、1975年から1976年にかけて在籍したゲイル・ホプキンスも医者を志しており、医学書を読んだり、広島大学の医学部に通うなどしていたそうだ。なぜか広島は野球選手と他分野の「二刀流」も多い。

びっくりするほど格安!


 ディアスの退団後に獲得したのはグレック・ラロッカだ。メインポジションは二塁。守備はそれほどではなかったが1年目から40本塁打を放ち、さらにはオリックス時代の2007年には歴代最多のシーズン28被死球を記録した死球王でもある。

 好助っ人だったが、注目したいのは初年度の年俸。なんと推定2700万円。5試合だけだが、前年にはメジャー出場の実績もあるラロッカをなぜこのお値段で獲得できたのか…。広島助っ人にはときおり「格安」と思わせる選手がいる。伝説的な交渉術があるのではないだろうか。

 ラロッカの入団前年にはアンディ・シーツも獲得しており、2004年の前半戦はラロッカとシーツが二遊間を守った。助っ人にセンターラインを委ねるある意味「攻めの編成」だった。

再び伝説を作るカープアカデミー勢


 現在のカープではアレハンドロ・メヒア、サビエル・バティスタが熾烈な外国人枠争いを繰り広げている。2人が来日したのは2016年。カープアカデミーからの練習生ということで、当初は育成選手での契約だった。失礼ながら、来日当初は「留学」程度の扱いかと思い、まさかいきなり2軍レベルを制圧する実力の持ち主とは思っていなかった。

 かつてはロビンソン・チェコや先述のソリアーノを輩出したカープアカデミーだが、実は2000年代からは縮小の一途をたどり、2012年には4名しか選手がいなかった。

 2012年12月に松田元オーナーが視察し、現在、カープアカデミーは復活の最中。新たな伝説を生む助っ人が、またカープにやってくるかもしれない。
文=落合初春(おちあい・もとはる)

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