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2020年神宮問題が勃発! 本拠地なしの「ロマ・ヤクルト」は、ファン拡大のチャンス?


 ヤクルトの本拠地・神宮球場について、東京五輪組織委員会が球場を所有する宗教法人「明治神宮」に対し、大会前後の数カ月、資材置き場などとして使用するために野球利用の一時中止を打診したと報じられ、野球ファンの間で物議を呼んでいる。

 ヤクルトのみならず、神宮球場は学生野球の「聖地」。スケジュールが詰まっているのも周知の事実で、野球ファンは一斉に猛ブーイング。反対署名が行われ、ヤクルト球団側は難色を示している。

 しかし、大本営のNPBは五輪推進の立場などから断固拒否ではなく、「使用中止期間の短縮」に向けた交渉姿勢だ。

 現在、報道されている5〜11月の長期にわたる使用中止が避けられたとしても、ヤクルトは一時的に本拠地が使えなくなるだろう。

 阪神も高校野球との兼ね合いで甲子園が使えなくなる「死のロード」があるが、資材置き場としての使用が決まった場合、最低でもそれ以上の遠征になることは間違いない。

 だが、プロ野球の歴史をヒモ解くと、ヤクルトにとってある意味ではチャンスが訪れているともいえる。

観客動員数3倍増だったロッテ


 2015年のヤクルトの観客動員は1試合平均2万3021人。セ・リーグ最下位(12球団中9位)で、セ5位のDeNAとは約2500人差、球界1位の巨人とはダブルスコアに近い差を付けられている。

 近年、球界全体の動員上昇トレンドの中でもやや苦戦している印象だ。

 この状態で本拠地がなくなれば……、と思うヤクルトファンもいるかも知れない。しかし、本拠地がなくなれば、実は観客動員数は増える可能性が高いのだ!

 参照したいのは、1973年のロッテ・オリオンズ。前年に本拠地の東京スタジアムが閉鎖になり、行き場を失ったロッテはこのシーズン、本拠地なしで戦った。俗に「ジプシー・ロッテ」と言われた時代。現在、移動型民族の意味を持つジプシーという言葉は放送に乗らないので、現代風にアレンジすれば「ロマ・ロッテ」か。

 この年、ロッテは宮城球場、後楽園球場、神宮球場、川崎球場の4球場をメインに乗り切ることとなる。

≪1973年ホームゲームの内訳≫

宮城  26試合
川崎  18試合
神宮  10試合
後楽園 7試合
静岡  2試合
西京極 2試合

 当時はナイター設備のある球場は少なく、苦肉ともいえる策であったが、これが大当たりした。

 特に実質的な本拠地となった仙台では大フィーバー。5月22日の宮城球場開幕戦の前日には市民2万人が集まる大パレードが催され、東北にプロ野球旋風を巻き起こした。

 前年、パ・リーグ5位(12球団中11位)の31万人に沈んでいた観客動員数はこの年、なんと3倍の94万6500人。本拠地なしでパ・リーグ歴代新記録を打ち立てたのであった。

 プロ野球は「テレビの中の巨人だけ」の時代だったが、間隙を突いた展開で宮城球場は大入り。関東での試合にも前年まで南千住で試合を観ていたファンが駆けつけ、ケガの功名といえる観客増を果たしたのだった。

 翌年には静岡でも14試合開催。川崎球場に移転する1977年までの5年間、ロッテは各球場を巡回しながら戦った。その間、観客動員数は60〜80万人を推移。パ・リーグを代表する人気球団になっていたのだ。

地方でやるからには地域密着のお返しも必要


 現在では新潟や松山など地方にも立派な球場がある。さすがに長期間は厳しいかも知れないが、数カ月という期間であれば、ヤクルトもファン拡大のために、野球文化拡大のためにドカンと地方に軸を据える期間を作っても面白いのではないだろうか。

 ただし、地方に行って試合をやるだけではもったいない。

 今世紀に入って仙台には楽天が誕生したが、このときは過去のロッテ・オリオンズの話題は持ち出されなかったように思う。実はこれには不穏な説がある。

 仙台2年目の1974年、ロッテは日本一に輝いたものの、設備の関係から日本シリーズは宮城球場ではなく後楽園を使用し、優勝後は都内でパレードを行った。

 ここまでは仙台市民としても納得がいくだろう。しかし、その後のシーズンオフ、ロッテから仙台には音沙汰なし。この年から本拠地登録となっていたにも関わらず、最多27試合を開催したにも関わらず、優勝パレードも祝賀会もなかったのだ。

 この一件で仙台のロッテ熱はにわかに冷めていったのだという(翌年の観客動員数は60万人で27万減)。仙台市民に「ロッテは結局、東京志向だ」「俺たちは腰掛けか」と落胆を与え、そのため、川崎移転後は忘却の彼方になったという説があるのだ……。

 もし、ヤクルトの地方巡業が実現するとすれば、オリックスのスローガンではないが、「俺のヤクルト」「俺たちのヤクルト」と思わせるような“仕掛け”も大切になってくるだろう。


◎それでも「ロマ・ヤクルト」の誕生に期待したい

 選手たちの負担も大きい。「ミスター・ロッテ」の有藤通世も過酷な移動、気の休まらないホテル暮らしなど、当時をうらめしく振り返っている。

「月に1〜2度帰るだけじゃ、我が子が全然懐かなかった。父の顔を見て喜ぶのではなく泣かれたのは本当に辛かった」

 机上だけではない。選手たちにも家庭があり、体があることも忘れてはならない。

 それでも今回は五輪期間だけ。先の見えなかったロッテ・オリオンズとは、少し負担の度合も変わってくるのではないだろうか。


 実現すれば、東京五輪一色になりそうな2020年に“野球”が大きな話題となり、同時期に地方が抱える見えざるルサンチマンを爽快に吹き飛ばしてくれることだろう。

 また、永田町をにぎわせている「16球団構想」のテストケースという旗印を掲げれば、重点的な支援も期待できる。現段階から大胆に舵を切って準備を進めれば、大規模なプロジェクトとして動きやすくなるはずだ。

 地域創世。プロ野球の新時代を切り拓くチャンスがヤクルトに巡ってきた。


文=落合初春(おちあい・もとはる)

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