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今年の大学選手権では地方大学・新興大学の活躍はあるか?過去の活躍選手はここでチェック!「全日本大学野球選手権で、地方・新興大学を躍進させた選手」名鑑/第23回

 「Weeklyなんでも名鑑」は、これまで活躍してきた全てのプロ野球選手、アマチュア野球選手たちを、さまざまな切り口のテーマで分類し、テーマごとの名鑑をつくる企画です。
 毎週、各種記録やプレースタイル、記憶に残る活躍や、驚くべく逸話……などなど、さまざまな“くくり”で選手をピックアップしていきます。第23回のテーマは「全日本大学野球選手権で、地方・新興大学を躍進させた選手」名鑑です。

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 6月11日より、第62回全日本大学野球選手権大会が始まります。全国26連盟の春季リーグを勝ち抜いた大学が集い日本一を決めるこの大会は、ドラフト注目選手の「見本市」として高い注目を浴びています。

 かつては東京六大学リーグや東都大学リーグなど“中央球界”の代表校の上位進出が目立っていましたが、1990年代以降は地方大学が力をつけ名門大学と渡り合うようになりました。それは大会を盛り上げる大事な要素になっています。

 ここ6年は力を取り戻した東京六大学リーグや東都大学リーグが覇権を奪い返していますが、地方勢が旋風を巻き起こす痛快な大会を待ちわびるアマチュア野球ファンも多いのではないでしょうか。

 今年は、例年以上に有力選手が全国に散らばっている様子も見られます。彼らの活躍で大会がいっそう盛り上がることを祈りつつ、今回は過去に大学野球の戦力地図を描き変える偉業を成し遂げてきた選手たちで、名鑑をつくってみます。


<>上原浩治(大阪体育大)

 上原が体育教師を目指し大阪体育大(大体大)に進学したことはよく知られている。その目的からもわかるように、当時の大体大は、プロを目指す選手がひしめく全国大会で、常に上位を狙うようなチームではなかった。1986年に大学選手権に初出場し、その後、上原が入学する95年までの10年間で4度出場を果たしたが、そのうち3度は初戦敗退に終わっていた。

 しかし、上原が在籍した95年から98年の4年間は、大学選手権に3度出場。通算5勝を挙げた。

 大学時代の上原の活躍といえば、なんといっても97年のインターコンチネンタル杯でのキューバ戦での好投だ。その国際舞台での活躍のインパクトが強く、大学選手権での活躍はあまり語られないが、翌98年の大学選手権では印象的な投球を見せた。

 1回戦の九州共立大戦で山村路直(後にダイエー入り)と投げ合い延長10回を零封。2回戦の愛知学院大戦は8回1失点(0-1で敗退)に抑えた。18イニングで1失点というほぼ完璧な投球は、前年までの活躍がフロックでないことを証明し、秋のドラフトに向けて上原争奪戦をさらに加熱させた。

 この台頭を機に知名度を高めた大体大は大学選手権常連大学に。2006年には村田透(元巨人・現インディアンズマイナー)らの活躍で初優勝も成し遂げた。


[上原浩治・チャート解説]


高校時代は控え中心、浪人も経験した無名選手だった上原が世に名を挙げていくステップ。名声獲得度は5。大学時代から見せていた高い制球力をベースにした三振奪取力はプロ入り後も武器に。個性発揮度も5。同時期に甲子園決勝でノーヒットノーランをやってのけた松坂大輔(現インディアンズマイナー)などもおり一般層への認知ではやや劣った印象も。スター性は4。

チャートは選手権での活躍でどれだけその名を多くの人に知られるようになったかの「名声獲得度」、また当時のプレーが「その後」とどの程度通じるものがあったかの「個性発揮度」、活躍に華を感じさせるものがあったかどうかの「スター性」を5段階評価したもの(以下同)。

金本知憲(東北福祉大)

 東北福祉大は1991年、40回目の大学選手権で初優勝を遂げた。それまで39回の大会では、東京六大学リーグ(19回)、東都大学リーグ(13回)、首都大学リーグ(2回)、関西学生リーグ(4回)、愛知大学リーグ(1回)だけが優勝校を出しており、東・名・阪を除く地域から日本一大学が生まれたことはなかった。宮城県仙台市にある東北福祉大の優勝は大きな話題を呼び「大学野球の戦力地図が塗り変わる」という言説も多く飛び交った。

 東北福祉大は91年の優勝に先立ち、90年、88年、87年にも準優勝しており、言わば黄金期にあった。一発勝負のトーナメント戦で5年のうち4度決勝に進んだのだから、戦力の充実ぶりは相当なものだったことはわかるだろう。

 金本はこの歴史的な快挙の中心にいた選手の1人で、88年に入学すると1年生からレギュラーとして活躍した。同期には斎藤隆(現楽天)や矢野燿大(輝弘/元阪神ほか)、浜名千広(元ダイエーほか)などがいた。

 印象的だったのは、やはり4年春の大学選手権の決勝・関西大戦での活躍だ。金本は2-2のまま延長17回までもつれこんだ白熱した試合を決める勝ち越し2点タイムリーを放ったが、このとき利き腕の左手首を剥離骨折していたことが後に話題を呼んだ。そうした活躍が評価され、秋のドラフトで地元の広島カープより4位で指名を受けた。

[金本知憲・チャート解説]


広島の名門・広陵高でプレーするも甲子園出場はなく、浪人して東北福祉大入りした金本はやはりもともとは無名選手。大学選手権はアピールの場になった。名声獲得度は4。ケガをしながらも優勝を決める安打を打つ活躍は「鉄人・金本」の片鱗を垣間見せるもの。個性発揮度は5。そうした場面を引き寄せたスター性はやはり高く4。

則本昂大(三重中京大)

 則本はエース・田中将大の代役としてではあるが、ルーキーとして29年ぶりとなる開幕投手を務めた。しかし、その偉業と時を同じくして、母校の三重中京大(2004年までの名称は松阪大)は30年余の歴史に幕を降ろした。

 三重中京大の名を、最後に全国に印象づけたのは則本が所属した硬式野球部の活躍だった。選手権には松阪大時代の94年に初出場。その後は東海地区大学野球連盟代表として選手権の常連となる。しかし全国の壁は厚く8回の出場で3勝。2回戦以上に進んだことはなかった。

 2009年に入学した則本は、閉学が決まり後輩が入ってこない状況の中、2年春に大学選手権に初めて出場した。しかし、1回戦の広島経済大戦で救援に失敗し3-4で敗戦。翌年は日大国際関係学部に出場を譲り、則本本人としても、大学としてもラストイヤーとなる2012年を迎えた。

 4年生となった則本は主戦投手として大学選手権出場を決めると、1回戦で大阪体育大のドラフト注目選手・松葉貴大(現オリックス)と投げ合う。三重中京大学は延長10回を戦い1-2で敗れはしたが、則本は20三振を奪うピッチングを見せ、その名を全国に知らしめた。

 則本は大学選手権では1勝を挙げることもできなかった。だが同年秋、大学選手権よりも出場枠が少ない明治神宮大会に初出場。1回戦で京都学園大を下している。これは甲子園出場経験のない則本にとって、全国大会での初勝利だった。

[則本昂大・チャート解説]

少子化などの影響を受けて閉学という環境下で奮起し、恵まれた環境でプレーする強豪に立ち向かい、その名を全国に知らしめた。名声獲得度は4。やや荒削りながら本格派のピッチングスタイルはプロでも貫く。個性発揮度は4。ルーキーにして開幕投手の座を引き寄せる運のよさはスターならではのものか? スター性も4。


その他「全日本大学野球選手権で、地方・新興大学を躍進させた」選手
★東北福祉大★

佐々木主浩(元横浜ほか)
 仙台市出身、東北高で3度甲子園に出場という地元出身の逸材として1986年に入学。東京の主要リーグでのプレーも考えたが、東北高の竹田利秋監督のすすめで地元に残った。

 大学時代はケガも多く手術も受けたが、2、3年春の大学選手権でチームを準優勝に導き、大洋からドラフト1位指名を受ける。地方勢台頭の火付け役とも言える存在。同期に大塚光二(現楽天コーチ)などがいる。現在は同大の専任講師も務める。

★創価大★
八木智哉(オリックス)
 2005年、1990年代より東京の新興リーグ・東京新大学リーグの雄として大学選手権出場を重ねてきた創価大を3度目の4強に導く。4試合で記録した49奪三振は現在も破られていない大会記録。同期に高口隆行(巨人)らがいる。その後、創価大は3年続けて4強に進む躍進を見せた。

★九州共立大★
山村路直(元ダイエー・ソフトバンクほか)
 九州共立大は1990年代中盤より全国大会で好成績を残し始める。山村は97年に入学し、1年秋の明治神宮大会で当時の強豪・近畿大相手に好投し台頭。2年春の選手権では大阪体育大の4年・上原浩治と投げ合い、延長10回を1点に抑えている。3年秋の明治神宮大会ではチームを九州勢初の優勝に導いた。

 1年下に田上秀則、2年下に新垣渚(ともにソフトバンク)、3年下に馬原孝浩(オリックス)がいる。

★日本文理大★
脇谷亮太(巨人)
 2003年、九州地区大学の代表として、前年に続く2度目の大学選手権出場を果たした大分県の日本文理大。この大会で九州勢として初制覇を果たした。主将を務めた脇谷は19打数10安打とよく打ち大会MVPに。同期には吉川輝昭(横浜)らがいる。

★八戸学院大(八戸大)★
塩見貴洋(楽天)
 2000年代から強豪化し、青森大などに取って代わり北東北大学リーグの代表として大学選手権に出場することが増えた。2004年には元巨人の三木均や内藤雄太(DeNA)などの活躍で4強入り。2010年には塩見や秋山翔吾(西武)の活躍で再び4強に進出。

★佛教大★
2000年大野雄大(中日)
 佛教大は京滋大学リーグでは強さを見せるも、全国では活躍できずにいた。そんな佛教大に2007年に入学した150キロを超える速球を投げる左腕・大野は、全国レベルの逸材として活躍した。

 大学選手権では4年春に東北福祉大を完封するも上位進出は果たせなかった。しかし3年秋の明治神宮大会では4強入りし、斎藤佑樹(日本ハム)ら“ハンカチ世代”の1人として、その名を知られるようになった。

★東北学院大★
岸孝之(西武)
 東北学院大学は、地方の時代を切り拓いた東北福祉大と同一リーグにあり、長らく優勝から遠ざかっていた。しかし、無名の公立校から入学した岸が実力をつけ4年になった2006年春、東北福祉大の35季節連続優勝を阻むことに成功。選手権に出場した。


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 名門大学に入れずとも、地方大学で技術を磨き、全国大会でそれをアピールすればいい――。90年代から見られるようになった考えた方は、今では自然な選択肢の1つにもなっているように映ります。

一過性の ものとならなかったのは、少子化にともない効果的な知名度上昇策を探る大学側の思惑や、バブル崩壊後に社会人野球という受け皿が小さくなったこと、プロ野球の地域密着の促進など、社会的な背景が影響しているのかもしれません。

 「地方でも野球ができる」、この考え方の転換は、中学球児の高校選びにも広がり、野球留学などの呼び水となったような感じも受けます。東北福祉大が台頭した時代の雑誌記事などを読むと、「関西弁を話す野球部員」を珍しがり揶揄するものも多く見られ、それは数年前にバッシングのあった高校生の野球留学に対するものとかなり似通っていました。

でも、優れた能力を持つ選手、なんとしてでも野球で頑張りたい選手が、日本中の大学にプレーする場を求めることを否定する声を聞くことは今ではあまりありません(スポーツ・野球ではなくても、大学進学とともに上京することが普通のこととして認識されていることもありますが)。大学生と高校生の立場は違いますが、もしかすると同じように、高校生の野球留学のようなものに対する一般社会からの違和感も、徐々に変化をしていくのではないか、そんな気がしました。


 来週11日に開幕する第62回全日本大学野球選手権に出場する地方大学、新興大学はどんなかつやくをするでしょうか? 今年のドラフトの目玉と言われている大瀬良大地がいる九州共立大の出場はなりませんでしたが、その九州共立大に勝ち、出場する福岡工業大はどのような活躍をするのか。

 その他に地方大学に在籍するドラフト候補は山川穂高(富士大)、梅野隆太郎(福岡大)、高野圭佑(四国学院大)、新興大学としては岩橋慶侍(京都産業大)、白濱尚貴(京都学園大)あたりが名前が挙がってくると思います。

 下級生に有力選手がいる東農大北海道オホーツクや、昨秋の明治神宮大会を制した桐蔭横浜大が秋春連覇を狙っての出場と話題は多いです。今年の大学選手権もお楽しみください。

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