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“あの瞬間”に立ち会える幸せ。プロ野球に関わるお仕事〜実況アナウンサー・節丸裕一(後編)

取材・文=オグマナオト

“あの瞬間”に立ち会える幸せ。プロ野球に関わるお仕事〜実況アナウンサー・節丸裕一(後編)
 プロ野球選手になれなくてもプロ野球に関わりたい。そんな思いを叶える仕事は、見回してみると実はたくさんある。週刊野球太郎ではそんな「プロ野球に関わるお仕事」に携わる人たちを直撃していく。

 登場するのはフリーの“実況アナウンサー”節丸裕一さん。前編では、アナウンサー未経験のサラリーマンだった節丸さんが実況アナウンサーに転身するまで。そして、アマチュア野球とプロ野球における実況のスタンスの違い、などについて話を聞いた。

ラジオ、テレビ、ネット。それぞれの実況スタイルの違いとは?


 “実況の違い”という部分では、ラジオとテレビ、近年隆盛を極めるネットメディア、それぞれでどんな意識の違いを持って放送に臨んでいるのだろうか?

「まず大前提として、ラジオで実況できるスキルは必要だと思います。その上で、テレビでは映像があるので、不要な情報を省いていく。なるべく映像を活かすと同時に、言葉じゃなきゃ伝えられないことを伝えていく。何対何か、振りかぶって第一球投げました、といったことは見えているので必要ないわけです。ネット中継も、喋りの部分ではテレビと同じですが、僕が実況しているニコ生の場合は“立ち位置”がテレビ・ラジオとは大きく変わってきます」

 放送局の場合、ニュートラルであることが大前提。だからこそ、オーソドックスな喋りが求められるが、ニコ生(ニコニコ生放送)を始めとしたネットメディアでは「贔屓放送」が一般的。それこそが立ち位置の違いだ。そして、もうひとつ、大きな違いがあるという。

「普通のオーソドックスな野球中継の場合、実況しながら解説者の話を聞き出すことも実況アナの大事な役目です。でも、ニコ生では解説者がいません。一人喋りというのはかなり大変で難しいんです。どうすれば解説者のいない間を持たせられるか? 僕の場合、最初の頃は歌を歌ったりとか、かなり試行錯誤しましたね。行き着いたのは、ファンの皆さんといかにコミュニケーションを図るか、ということ。ニコ生の特性でもある双方向性を生かして、コメント欄での質問にできるだけ答える、といったことは意識して喋っています」

生みの親・節丸アナが語る「康晃コール」「康晃ジャンプ」誕生秘話


 この「ファンとのコミュニケーション」がきっかけになって生まれたものこそ、DeNAの守護神・山崎康晃の登場シーンに欠かせないハマの名物「康晃コール」と「康晃ジャンプ」だ。

 山崎康晃の登場曲、Zombie Nationの『Kernkraft400』にあわせ、「オオオオオ、オ♪ オオオオオオオ、オ、オオオオ♪ やっ・すっ・あっ・きっ!」と球場一体となって叫ぶ「康晃コール」と、そのコールにあわせてファンが跳ねる「康晃ジャンプ」。この考案者ともいえるのが、何を隠そう節丸アナウンサーなのだ。

「『オ』の連打って、ニコ生のコメント欄で打ちやすいじゃないですか。だから、僕が実況中に『オオオオオ、オ♪』と歌って、『さぁ、皆さんご一緒に!』と。その結果、画面が『オ』で真っ白になったほど。この中継スタイルを山崎選手自身も喜んでくれたんです」

 康晃ジャンプにしても、節丸アナと山崎選手がTwitter上で、アメリカ・バスケットボールでの応援シーンを手本に『こんなこともできるといいね』とやり取りしていたのをDeNAファンが着目。今の形に進化していくきっかけとなったのだ。

「多少なりとも、康晃ジャンプの誕生や広がりに関われた、というのはアナウンサー冥利に尽きるというか、こういう仕事をやっていてよかったな、と嬉しいですね」

 今後も、こんな“新たな応援文化”のアイデアは秘めているのだろうか?

「いくつかアイデアはありますけども、本来は球団の演出として作り出していくのが理想だと思うんですよね。だから、各球団がもっともっと演出面にも凝ってくれればいいなぁと。もし僕がやれるのであれば、アナウンサーとしてではなく、立場を変えながらやっていけたらいいかなぁと思います」

節丸アナが考える「スポーツ実況の矜持」とは?


 節丸アナといえば、アマチュア野球もプロもメジャーも、カテゴリーを超えて実況できる「野球実況のスペシャリスト」。他競技を喋ろうとは思わないのか? と尋ねると、「野球だけです」と即答が返ってきた。

「盛り上がったラグビーも大好きですし、過去には実況をしたこともあります。でも、僕がフィフティーンについて何を語れるのか? 選手の情報だけでなく、世界のラグビー事情についても語れないと思うんです。試合を観て、ありのままを伝えるだけならできますよ。このラックはチャンス、といったことはわかりますし、今でも実況できるとは思います。でも、十分な知識を持っていないなかでマイクの前に立つのは、やっぱり失礼だなと思うんです」

 そこには、節丸アナが考える「スポーツ実況の矜持」があった。

「以前は高校ラグビーや高校バスケの実況をしていたんですが、ラグビーなら両チーム合わせて30人、1日2試合担当するとなると、計60人。さらに控え選手もいるわけです。事前に練習を見ることもなく、選手にも満足に取材できていないとしたら、僕はやりたくはないなと。放送であれ、ネット配信であれ、本来は相当な覚悟を持ってマイクの前に立つべき。となれば、冬の間は冬のスポーツを喋るよりも、選手の自主トレに行ったり、オフでしか会えない野球関係者に取材をしたりと、もっともっと野球を極めることに時間を使いたいんです」

 オフの日であっても自腹でキャンプや自主トレ取材に出かけ、シーズン中は試合開始4時間前に球場入りして選手たちへの取材を重ねるという節丸さん。当然、放送で喋るだけでなく、こうした取材活動もアナウンサーの大切な仕事だ。取材の際はどんなことに意識を置いて話を聞いているのだろうか?

「その日の中継で紹介できそうなオーソドックスな内容を本人に直接聞いたり、首脳陣や対戦相手など周辺に取材したりするのももちろん大切です。ただ、直接聞いて本音を話してくれることは多くはないし、質問して答えてもらうのっておたがいに難しい。それより、何かについて一緒に語り合えると話が弾むし、本音や面白いエピソードが聞き出せたりします。その選手が好きなことなら、メジャーのことでも家族や食事のことでもいい。当日の中継にかぎらず、数カ月後、数年後に活きることもよくありますね」

 現地映像を見ながら喋る「オフチューブ中継」であるメジャーリーグの場合も、選手に直接聞けない代わりに、別な形での取材という準備をしていた。

「毎年、年に一度はアメリカに行って、選手だけでなく球団関係者、現地記者に取材しています。そういう人たちに連絡をして現地ならではの最新事情を聞き出して、中継に活かそうとはしています」

必要なのは、強い覚悟と理想。そして野球愛


 最後に、節丸さんが考える実況アナウンサーの魅力、醍醐味を聞いた。

「やっぱり、『俺はここにいたんだ』『この試合、生で見たよ』といった、野球のさまざまな瞬間に立ち会えることが一番ですかね。そういった一つひとつの感動だったり、選手の苦労してきた過程を共有できたり、多少なりとも選手と通じ合えた瞬間は、本当に嬉しいですね」

 では、そんな魅力的な実況アナになるために必要な“資質”はなんだろうか?

「声のよさとか滑舌のよさ、といった面でいえば、なんなら僕だって持っていないです。それよりも、野球が好きだ! ということが一番じゃないでしょうか。野球が好きで、選手をリスペクトできること。まあ、強いていえば最低限のイントネーションは身につけておいた方がいいのと、正確に伝えると言う意味での国語力は必要かもしれないですね」

 ならば、野球ファンであれば誰でもなれるかといえば、もちろんそんな生易しいことはないはず。実況アナから見た、この業界の未来予想図とは?

「僕たちがやっている『スポーツ実況』という仕事って、曲がり角にきていると思うんです。昔と比べて、地上波での中継はなくなった反面、それ以上にネットやCS放送など、中継するメディアは増えています。マイナースポーツも含めれば、声で伝える、という部分でのチャンスは増えていて、極端にいえば、誰でもアナウンサーになれる時代になったと思います」

 それでも、アナウンサーとして食べていけるかどうかは別次元。むしろ、難しくなっている。実際、放送局のアナウンサーに聞くと、この業界は若手不足、という声をよく耳にする。なりたい人は多いはずなのに、なぜそんな事情が起きるのだろうか? 

「もはや局アナがスポーツ実況をしない時代になってきていて、僕らフリーのアナウンサーが喋る機会がものすごく多いんです。それって、全然華やかな世界でもないし、特別な世界でもない、ということ。今まで以上に競争が激しくなるのは間違いないです。そういったこともわかった上で、『自分がこれで生きるんだ』という強い覚悟と、こうありたいという理想を持つこと。それがあれば、なっただけで満足することなく、その仕事を突き詰めていくモチベーションにもなると思います。アナウンサーに限らず、どの仕事でも、始めるよりも続ける方が大変ですから」

取材・文=オグマナオト

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