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甲子園球場の伝説のグランドキーパー・藤本治一郎氏が伝えたもの

 甲子園球場の輝かしい黒土のグラウンドに、純白の真円がくっきりと浮かび上がる。

 試合前、熟練のグラウンドキーパーが、ネクストバッターズサークルを芸術的な技で描いていく。

 数々のドラマを生み出してきた甲子園球場のグラウンドは、毎試合隅々まで、これらの匠の技で整えられ、プレイボールの時を迎えることができるのだ。

 今回は聖地・甲子園球場のグラウンドは日本一と言わしめた、伝説のグランドキーパーに迫ってみた。


伝説のグランドキーパー・藤本治一郎


「土としゃべらんかい」

 “甲子園の父”と呼ばれた、今は亡き伝説のグランドキーパー・藤本治一郎は、口癖のように後輩のキーパーたちに言い聞かせていた。

 藤本がトンボでならしたグラウンドは、いつも鏡のように輝いていたという。試合中にイレギュラーバウンドした場所は、「自分たちの恥だ」と、試合後に必ず自分の手と足で均(なら)すのが習慣だった。

 自分たちが整備したグラウンドに誇りを持つ藤本には、阪神に入団して間もない18歳の江夏豊(元阪神ほか)とのこんなエピソードがある。

「お前はグラウンドをなんだと思っとるんだ!」

 突風の土ぼこりが舞い、口に入ったジャリを江夏がグラウンドに吐き出した瞬間、藤本が怒鳴った。 

 江夏はグラウンドに唾を吐くような男ではなかったが、偶然とはいえ自らの行為を恥じ、悔やんだ。

 江夏がマウンドでロージンバックを丁寧に置くようになったのは、この藤本のグラウンドを大切にする気持ちが伝わったからだという。


引き継がれていく伝統


 予告先発などなかった時代でも先発投手は藤本に聞けばわかった。藤本は翌日の先発投手に合わせ、グラウンドを均す。

 この伝統は今でも引き継がれ、メッセンジャー、藤浪晋太郎……と、それぞれの投手仕様で、グラウンドの硬さ、傾斜を微妙に調整する。

 また赤星憲広が5年連続で盗塁王に輝いた時代。走りやすいように甲子園の一、二塁間は、硬めに調整されていた。グラウンドが硬くなると、打球は速く転がる。もちろんこのことは、阪神の内野手たちには知らされていた。

 プロフェッショナルな技が、ホームチームの選手を常にサポートしてきたのだ。


人が気持ちで伝えていくもの


 藤本は天気の移り変わりを常に察知し、試合の進行が滞りなくいくよう準備をしていた。半農半漁を業としていた父から、天候の観測法を譲り受けていたのだ。

 近年は科学の進歩により、気象レーダーでほぼリアルタイムに雲の動きがわかる時代になった。

 しかし、藤本が江夏にグラウンドの大切さを心で伝えたように、人でしか伝えられないものもある。

 今年もプロ野球、高校野球ともに、甲子園球場では数々の好試合が繰り広げられた。それらを陰で支えたのは、徹底的に整備されたグラウンドであることに異論はないだろう。

 名グランドキーパー・藤本の匠の技と心は、甲子園の歴史伝統とともに後世のグランドキーパーたちに、しっかりと引き継がれている。


文=まろ麻呂
企業コンサルタントに携わった経験を活かし、子供のころから愛してやまない野球を、鋭い視点と深い洞察力で見つめる。「野球をよりわかりやすく、より面白く観るには!」をモットーに、日々書き綴っている。

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