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《野球太郎ストーリーズ》オリックス2014年ドラフト1位、山崎福也。脳腫瘍から復活を遂げたリーグ通算20勝左腕(1)

取材・文=大利実

《野球太郎ストーリーズ》オリックス2014年ドラフト1位、山崎福也。脳腫瘍から復活を遂げたリーグ通算20勝左腕
充実の投手陣に割り込む即戦力としてオリックスが高評価するドラ1左腕。小倉全由監督(日大三高)の愛情に育まれ、神様と呼ぶ善波達也(明治大)にピッチングの極意を教わったと、素直な男は感謝を忘れない。

親子二代でのプロ野球選手

 幼い頃から、プロ野球が身近にあった。

 父・章弘さん(現・兵庫ブルーサンダーズ監督)は元プロ野球選手。1979年に巨人からドラフト2位指名を受け、89年までファーストやキャッチャーとしてプレー。翌90年から日本ハムに移り、93年から2004年までは2軍のコーチなどを務めていた。

 主戦場である鎌ヶ谷に、山崎福也もよく遊びに行っていたという。

「父がブルペンにいたので、ピッチングをずっと見ていました。武田久さんや正田(樹)さんが投げていましたね。選手のサインは、全員からもらったと思います」

 それでも、父から手取り足取り、野球を教わったわけではない。

「たぶん、伸び伸びやらせたかったんだと思います。キャッチボールやったり、バッティングセンターに行っても、細かく言われた記憶がないんです」

 日本ハムでコーチを務めたあと、2005年からの2年間は中日の2軍コーチ。以降は、独立リーグのコーチや監督として若手の育成にあたっている。

 父がNPBを離れてから8年後、息子・福也がオリックスからドラフト1位指名を受けた。親子でのプロ野球選手誕生となる。

 187センチ88キロの長身から投げ下ろされるストレートは、平均で140キロ台前半。最速では149キロを記録している。変化球はスライダー、カットボール、フォーク、カーブと多彩だ。力でねじ伏せるというよりは、緩急を生かしてバッターのタイミングを外すうまさを備えている。

 明治大では2年春から先発ローテーションの一角として活躍し、通算20勝10敗、防御率2.20。3度のリーグ優勝に貢献した。

脳腫瘍から奇跡の復活


 山崎福也の名が全国区となったのは、高校3年の時に出場したセンバツ甲子園だろう。エースとして5試合すべてに登板し、チームを準優勝に導いた。当時はストレートにまだ強さがなく、変化球でかわしながら試合をまとめるタイプだった。

 たまたまではあるが、初戦で横山雄哉(山形中央高→新日鐵住金鹿島→阪神1位)、準決勝で有原航平(広陵高→早稲田大→日本ハム1位)、決勝で島袋洋奨(興南高→中央大→ソフトバンク5位)と、今年のドラフトで指名を受けた3人と投げ合っている。

 この活躍がきっかけとなり、山崎の「人生」がさまざまなところでクローズアップされることにもなった。山崎のことを初めて知るプロ野球ファンの読者も多いと思うので、ここでも改めて記しておきたい。

 中学時代、所沢中央リトルシニアで活躍していた山崎のもとには日大三高以外にも多数の強豪校が声をかけていた。3試合近い試合を見た日大三高・小倉全由監督は、当時の印象をこう語っていた。

「山ちゃんはバッティングでもピッチングでも、柔らかさが魅力でした。体も大きいし、面白い。『三高でやりたい』という気持ちを持ってくれていたのも、嬉しかったですね」

 小倉監督は、山崎のことを「山ちゃん」と呼ぶ。取材で話をするときも「山ちゃん」。

「だって、山崎って感じしないでしょう。山ちゃんは山ちゃんですよ。いつも、ニコニコしていてね。おばさんに人気あるんですよ。でも、マウンドに上がると変わる。強い気持ちを持っていますよ」

 そんな山崎に、悲劇が襲った。日大三高への入学準備のため、病院で健康診断を行ったとき、頭に腫瘍が見つかったのだ。

「見つかったのが1月ぐらい。その時は良性だったんですけど、『そのまま放っておいて、それ以上大きくなったらどうなるかわからない』と医者に言われました。そこからは生活するのに力が入らないというか、死んじゃうのかなって…。でも、その前に、『三高に入れないんじゃないか』と思って、監督さんに電話をすると、『待ってるぞ!』と。本当に嬉しかったです」

 3月に手術が無事成功し、4月から復帰。同級生より2〜3週間ほど遅れたが、晴れて、日大三高の野球部員となった。

「今思えば、あれだけの手術をした選手が、よく普通にプレーできたなと思いますよ。はじめは、『どうだ、大丈夫か? ここまでにしておけよ』と、よく声をかけていました。山ちゃんは夏に汗をかくと、脱水を起こしやすいんです。それを頭からきているのかなと思ったり…、もうずっと心配していました」(小倉監督)

 山崎の小倉監督評は「すごくいい人!」。こんなことを思われる、監督もそうはいないだろう。

「怒ったとしても、ちゃんと逃げ道を作ってくれたり、フォローを入れてくれる。たとえば、センバツ(3年春)が終わってからの練習試合でふがいないピッチングをして怒られたあと、翌朝お風呂に入っていると、監督さんも一緒に入ってきて、『どうだ? 昨日はあんなこと言ったけど平気か』と声をかけてくれるんです」

 日大三高の選手は、口を揃えて「小倉監督を胴上げしたい!」と言う。こういう気配りを感じているからであろう。

 進路は小倉監督のアドバイスもあり、環境が整った明治大へ。バッティングにも定評があった山崎は、「できるところまでは、打つのと投げるのと両方やりたい」と二刀流を目標に入学した。

(※本稿は2014年11月発売『野球太郎No.013 2014ドラフト総決算&2015大展望号』に掲載された「30選手の野球人生ドキュメント 野球太郎ストーリーズ」から、ライター・大利実氏が執筆した記事をリライト、転載したものです。)

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