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なぜ海を渡る投手はけがに泣かされるのか?その理由と田中将大が“完全復活”するまでに必要なモノとは!?

 7月に右ヒジ靭帯の部分断裂が発覚したために戦列を離れていた田中将大(ヤンキース)は、手術を行うことなく、PRP皮膚再生療法で今シーズン中に復帰を果たした。さらに、その復帰戦では5回1/3を投げて5安打1失点にまとめ、13勝目を挙げた。続く登板では2回途中7失点でノックアウトされてしまったが、来シーズンに向けて、復活への第一歩を刻んだ。だが、同じケガにもう悩まされないという保証はどこにもない。

 田中だけではない。近年は日本人メジャー投手の受難が続いている。ダルビッシュ有(レンジャーズ)も右ヒジ炎症で故障者リスト入りし、8月9日の登板が最後となり、シーズンを終えた。トミー・ジョン手術から復帰した松坂大輔(メッツ)や藤川球児(カブス)もいまだ苦戦中だ。なぜ、メジャーに渡った日本人投手はこうも故障に泣かされるのだろうか?


 故障の原因としては、ダルビッシュも異議を唱えたメジャーの「中4日」の登板間隔や日本特有の「投げ過ぎ」など、さまざまな仮説が立てられている。そこで、投球フォームや体の使い方といったスポーツの動作分析に詳しい「タイツ先生」こと自然身体構造研究所の吉澤雅之所長に、メジャーで故障しやすいフォームの特徴や、「投げる」という行為が体にもたらす影響、そして田中が“完全復活”をとげるために必要な要素は何なのか、解説してもらった。

「投げる」という行為の特殊性

「投手の故障原因を考察する前に踏まえて欲しいのが、『投げる』という行為はそもそも体への負荷が大きい、ということです」

 開口一番、こう答えたタイツ先生。「投げる」動作は、普段の生活の中はもちろん、他のスポーツでも滅多に見られない体の使い方だという。それゆえ、肩やヒジへの負荷が大きく、摩耗して痛めやすくなる。故障を防ぐためにインナーマッスルを鍛えることが推奨されているが、インナーマッスルはいくら鍛えても使うたびに減ってしまう。

「メジャーでも活躍した大塚晶文さん(元近鉄ほか)に聞いた話では、シーズン中、毎日のようにインナーマッスルのトレーニングをしていても、シーズン後のメディカルチェックでは、インナーマッスルの筋量がシーズン前よりも減っていたそうです。つまり、『投げる』という行為はインナーマッスルを消耗してしまうんですね」

“理想の投げ方”でも肩は擦り減る
 消耗するのは筋肉だけではない。

「工藤公康さん(元西武ほか)が現役最後の頃に検査したところ、肩の『関節唇』という緩衝剤のような部分が通常の3分の1の量まで擦り減っていた、と。現役時代が長かったとはいえ、“理想的な投げ方”といわれる工藤さんですら摩耗してしまうのが『投げる』という行為なんです」

 そして筋肉と違い、「靭帯」は鍛えることができない。靭帯を故障しないためには、そもそもの靭帯の強さと、体の1点だけに負荷をかけないバランスの良い投げ方が求められるのだ。

メジャーのマウンドの固さ

 ではなぜ、アメリカに渡ったとたん故障する事例が相次ぐのか? それは、意識的か無意識かの違いはあれど、アメリカのマウンド特有の「固さ」がもたらす投げ方の変化ではないか、とタイツ先生は指摘する。

「メジャーに挑戦中の渡辺俊介(現米独立リーグ所属)投手は、『アメリカのマウンドはアスファルトのように固い!』と言っていました。日本では踏み込んだときスパイクで地面が掘れます。でも、メジャーのマウンドではスパイクの歯が地面に突き刺さって、踏み込んだ足に全く遊びがない状態です」

 上半身主導で投げるメジャー投手と違い、日本人投手の投げ方は下半身主導。踏み込む際につま先から入り、親指の付け根から着地する選手が大多数だ。

「このフォームのままメジャーの固いマウンドで投げると、踏み足がつっかかり、体重移動がしにくいばかりか、リリースの感覚も変わってしまいます。ただでさえ負荷の大きい『投げる』行為なのに、慣れ親しんだフォームとの差異がより大きな負荷をもたらします」

踏み足の違いと故障の可能性
 それゆえ、タイツ先生は「踏み足」を見れば、その投手がアメリカのマウンドに対応しやすいかどうかがわかるという。

「和田毅投手(カブス)も藤川投手も、踏み足は『つま先』から着地するタイプです。これは故障するだろうなと思いました。岩隈久志投手(マリナーズ)は『フラット』に着地するタイプ。黒田博樹投手(ヤンキース)は『かかと』から。ダルビッシュ投手はメジャー2戦目までは『つま先』着地だったんですが、3戦目から改良しました。このあたりはさすがです。そして、田中投手は岩隈投手と同じ『フラットタイプ』。故障はしにくいと思ったんですが……」

▲田中将大は足の裏全体でドンッ! と地面を踏みつけるように着地する『フラット』型

 日本人投手が順応に苦労することが多い「マウンドの固さ」に関しては対応できていたという田中将大。では、なぜ右ヒジは部分断裂してしまったのか?

空振りが取れないメジャーリーグ
「メジャーの打者はほとんどが『ステイバックスイング』。つまり、ボールを極限まで引きつけて体の近くで打つスタイルです。一方、日本人の多くは前でさばくスタイル。この違いで一番変わるのは、『アメリカでは空振りが取りにくい』ということです」

 日本では空振りが取れていたボールでも、引きつけてから振るメジャー打者の場合、空振りせずにバットに当たる確率が高くなる。

「メジャーに挑戦するような投手は、日本では、ほしい時に空振りが取れていた投手です。それゆえ、空振りが取れたはずのボールをバットに当てられると、無意識のうちに『今度こそ空振りを』と力が入ります。さらに、日本ではほとんど空振りが取れていた外角球でさえ、メジャーではホームランにされる恐怖感も加わります。繰り返しになりますが、負荷の大きな『投げる』という行為に乱れが生じるだけで、その負荷はさらに大きなものになります」

 田中の場合、空振りを取るために日本時代よりもスプリットの球数が増えた。これも、腕の負担増を招くという。

「スプリットは上から押さえつける投げ方です。(使用している)ボールも日本とは異なるので、より腕への負荷は増えたと考えられます」

「打たせて取る」への意識改革
 今回、手術はせずにリハビリによる回復の道を選んだ田中。ただ、今のままでは再び故障する可能性も考えられる。そこで参考にすべきなのが同じ黒田博樹の投球スタイルだ。

「黒田投手はよく、『あまり曲がらないようにスライダーを投げる』と言っています。空振りではなく、いかに打たせて凡打にさせるか。この意識改革が田中投手にも必要ではないでしょうか。いうなれば、『あまり落ちないスプリットを投げる』という考え方が故障を防ぐ道につながると思います」

 「意識を変える」といっても、そう簡単にはできないからこそ、これまで多くの日本人投手が対応に苦労してきた。だが、田中はプロ入り以来、常に変化をし続けたからこそ、今の地位を築くことができた投手だ。その「変化できる能力」にこそ、光明があるのではないだろうか。

「元々、田中投手は常に全力で投げる投球スタイルでした。でも、トレーニングによって体が大きくなり、精神的にも余裕ができたことで、メリハリのある投球ができるようになりました。全力投球時代は上半身に力が入りすぎたことで体重移動のタイミングが早くなっていましたが、メリハリのある投球スタイルに変わったことで“ため”を作ることができるようになりました。その結果、エネルギーを効率よく増加させて、重量級のような重い球質のボールが投げられるように進化したんです」

まい夫人の内助の功も“変身”のカギに
 日本で24勝0敗だった昨年、田中はピンチになると「ギアが上がる」と評されたように、メリハリをつける投球スタイルの素地はすでにできている。窮地に全力を注ぐためにも、それ以外の場面では極力エネルギーのロスを少なくするような投球をする意識を持つことが大切だというのだ。

 そして、投球スタイルの変化とともに、改めて「食生活」も見直してみるといいのでは、とタイツ先生。

「靭帯はトレーニングで鍛えることはできませんが、しっかりとした食事でより丈夫で弾力性のある靭帯にすることができると思います。食事はもちろん、普段の水も重要です。よく『水が合う・合わない』なんて言葉を使いますが、日々摂取するものの積み重ねで丈夫な体ができる、ということを再確認したいですね」

 日本時代も、内助の功、としてまい夫人の手料理が話題にのぼることが多かった。今後もますます、夫人の助けが必要になってくるのは間違いない。

 トミー・ジョン手術の可能性もあったガケっ縁の状況から、見事に復活した田中。移籍1年目は高い“代償”を払いながらも、日米の野球の違いを実感することができたのではないだろうか。今後、ケガをすることなく、来シーズン以降も今年前半戦のような大車輪の活躍を見せてこそ、田中の完全復活といえる。

 そのためには、来年からこれまで以上に投球の「中身」もしっかり吟味していく必要があるが、プロ入り以来、常によい方向へと変わり続けてきた右腕が今後、どのような変化を遂げていくのか。刮目してその姿を見届けるとしよう。


■プロフィール
タイツ先生/1963年生まれ、栃木県出身。本名は吉澤雅之。「自然身体構造研究所」所長として、体の構造に基づいた動きの本質、効率的な力の伝え方を研究している。ツイッター:@taitsusensei では、野球、サッカー、バスケットボールなど国内外問わず、トッププロ選手たちの動きについて、つぶやいている。

(構成=オグマナオト)
(2014年9月24日/マイナビニュース配信)

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