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【石井裕也独占インタビュー 第3回】谷繁さんに怒られたとき、本気で怒られたことが、僕にはうれしかったんです

文・取材=高橋安幸

対戦した「すごいバッター」たち

 2012年の日本シリーズ、さらには翌年の交流戦と、いずれも巨人の阿部慎之助に手痛い一打を浴びた石井裕也。それ以前は、要所で打たれたらただ悔しがっていたのが、阿部ほどのすごいバッターならしょうがないと、相手の力を認めることの大事さも覚えたという。

 「すごいバッター」といえば、石井にとってプロ初登板の相手もそうだった。中日時代のルーキーイヤー、2005年4月13日、愛知・豊橋市民球場で行われた広島戦。3−3の同点でむかえた6回裏にリリーフでマウンドに上がったとき、打席には前田智徳が立っていた。

───石井投手がプロで初めて対戦した前田選手。記念すべき第1球を打ってきて、しかも、ライトスタンドに飛び込むホームランでしたね。

石井 憶えてますよ。いきなり、洗礼を浴びせられて、ショックかなと思って。でも、初球なんて、打ってくると思わなかったんです。びっくりした(笑)。

───通常、ピッチャーにとってプロ第1球のボールは、キャッチャーが受けたあとにベンチに投げて、あとでもらえるそうですけど、石井投手のボールはスタンドに行ってしまった。なおさらショックだったと思います。

石井 そうですね。第1球はもらえると聞いていたんで、大事なボールだと思っていたんですけど、しょうがない。ただ、前田さんはすごいバッターなので、リベンジしようと思いました。何度も何度も対戦して、三振を取ったこともありますが、すごく選球眼もいいし、インパクトもいいバッターでした。

───初登板は苦い思い出となりましたが、その後すぐ、4月17日、ナゴヤドームでの阪神戦でプロ初勝利。

石井 そのボールはちゃんといただいたので、家に飾ってあります(笑)。


中日投手陣との関係

 当時の中日は落合博満監督が就任して2年目。森繁和コーチが指導する充実の投手陣が、前年リーグ優勝の原動力となっていた。そのなかで石井は即戦力と期待され、開幕早々に結果を出したのだった。

───落合監督から、なにか言われたことはありましたか?

石井 直接にはまったく言葉はなかったですけど、「がんばれ、がんばれ」って言ってくれてたみたいです。

───森コーチはどうでしたか? 口よりも先に足が出るような方みたいですが、怖くなかったですか?

石井 はじめ、プロに入ったときは、すごく怖い印象はありました。でも、チームが変わったあとも何度もあいさつしに行ったり、今でも交流戦のときには、試合前、あいさつに行きます。そのときは、やさしくなってもらってます(笑)。見たい目は怖い感じですけど、やさしい人だと思います。

───当時の中日投手陣は川上憲伸投手がエースで、山本昌投手がいて、リリーフ陣には岩瀬仁紀投手もいて、すごいメンバーでした。なにか、アドバイスを受けたことはありますか?

石井 岩瀬さんから、僕が打たれて落ち込んでいるときに、「打たれたときは、落ち込まないように。いい経験できたなと思って、上を向いて、次にマウンドに上がるときには真っすぐバッターに向かって、思い切り腕を振れば大丈夫だよ」と言われました。

───山本昌投手は当時からもうベテランでしたが、特に教えられたことはありますか?

石井 山本昌さんには、いろいろ話をしてもらって、可愛がってもらってました。ピッチングの話を聞いて投球の幅が広くなったり、「野球は気持ちが大事だと思ってる」と言ってもらったり。今も、会えばいつも可愛がってもらってます。


正捕手谷繁とのコミュニケーション

 その投手陣を引っ張っていたのが、正捕手の谷繁元信。聞こえにくい石井にとって、捕手とのコミュニケーションはひとつの課題だったと思われるが、実際、バッテリー関係はどうだったのか。

───石井投手がプロで成長していくなかで、キャッチャーの存在は欠かせなかったと思います。その点、中日時代に組んだ谷繁捕手は、若いピッチャーをグイグイ引っ張るイメージがありました。たとえば、マウンドでピッチャーの胸をミットで突いて、喝を入れたりとか。

石井 谷繁さんには、一回、強く怒られました。中日に入団して3年目、僕が投げて、サヨナラ負けになったときです。あのときは、ストライク先行で行こうと思ってたんですけど、ちょっと力が入り過ぎて、ボールが高めに浮いてしまったり、コントロールが悪くなってバラつきもあったり。だから、しっかり、構えたミットに投げることが大事だと思って、ストライクを投げる、と思ったんですけど、ちょっと外れて、甘くなって打たれたんです。

 2007年5月10日、広島市民球場での広島戦。0−1と中日が1点ビハインドの8回裏から登板した石井は、そのイニングは無失点に抑える。すると、9回表に中日が同点に追いつき、続投した石井はその裏、先頭の廣瀬純を三塁ゴロに打ち取った。

 ところが、続く石原慶幸をフォアボールで出すと、むかえた森笠繁(現広島2軍打撃コーチ)に打たれた打球がライト線を突破。石原の代走、松本高明が俊足を飛ばして一塁から生還して中日はサヨナラ負け、石井は敗戦投手となった。

───試合が終わったあと、すぐに谷繁捕手に怒られたんですね?

石井 そうです。ただ、谷繁さんの言ってることはわからなかった。何を怒られてるのか、言葉がちゃんとわからなかったんですけど、僕は、プロに入ってから一回も怒られたことがなかったんです。だから、なんか、うれしいような感じになったんですね。

───うれしいような、ということは、石井投手自身、怒ってほしいと思うことがあったわけですか?

石井 前から、もっときつく言ってほしかったなあ、と思うときはありました。障害者は、障害がある、っていうことで周りに甘えているのは全然ダメなので。だから、谷繁さんに本気で怒られたことがうれしかったんです。

次回につづく

石井裕也(日本ハム)独占インタビュー


第1回「マウンドに上がったら補聴器のスイッチを切って、集中力を高めています」

第2回「『向こうのバッターの力が上なんだ』と認めることも大事だとわかりました」

■ライター・プロフィール
高橋安幸(たかはし・やすゆき)/1965(昭和40)年生まれ、新潟県出身。日本大学芸術学部卒業。雑誌編集者を経て、「野球」をメインに仕事するフリーライター。1998年より昭和時代の名選手取材を続け、50名近い偉人たちに面会し、記事を執筆してきた。著書に『伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)などがある。2014年5月より『根本陸夫伝〜証言で綴る[球界の革命児]の真実』(web Sportiva)を連載開始。ツイッターで取材後記などを発信中。アカウント@yasuyuki_taka

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