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第五回 “兄弟型の法則 ”は本当にあるのか?

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考えるコーナーの第五回目。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、兄か弟かの違いがプレーに表れる理由をつづります。

衝撃的だった「兄弟型の法則」


 今から20年以上前、愛読していた野球雑誌で、「兄弟型の法則」をテーマに扱った連載があり、当時大学生だった筆者は毎号楽しみにしていた。
 執筆者は漫画家であり、兄弟型の研究に関する第一人者でもあった、故・畑田国男氏。畑田氏は兄弟型を次のように分類していた。
A型=第一子。長男。両親にとって初めての子ども。下に弟か妹がいる。
B型=中間子。上に兄か姉、下に弟か妹がいる。
C型=末っ子。上に兄か妹がいる。
D型=一人っ子。
「2リーグ分立後の45年間でホームラン王を獲得した日本人のA型(第一子)選手は皆無」という事実に驚かされた。ホームラン王に縁遠いのは一人っ子も同じで、わずか一名。ホームラン王というタイトルはB、C型の「弟型」選手たちで占められていたのだ。
 この傾向は同期間における歴代首位打者に関しても同じで、実に85.7%が弟型であるB、C型で占められていた。
「プロ野球界に、第一子長男、一人っ子はほとんど存在していないのだろうか…?」と思ってしまうほどの衝撃データだったが、畑田氏の調査によれば、1984年から1993年の10年間でドラフト指名を受けたA、D型選手は野手が34.2%、投手が41.9%と比率こそ弟型に比べて低いものの、きちんと存在している。ちなみにこの期間に入団した選手のうち、54.6%に男兄弟がおり、「姉妹しかいない」あるいは「一人っ子」の割合を大きく引き離していた。
 畑田氏は長年の研究データを踏まえ、次のような内容の持論を述べている。
「プロ野球界には兄型の選手も4割前後の割合で存在するが、兄型が大成する場合は投手がほとんどであり、野手として大成する確率は著しく低い。対し、弟型は投手、野手のどちらに進んでも大成する可能性がある。巧打者からスラッガーまで、打者としてタイトルを取り、名を成す人はほぼ弟型といっていい」
 私自身は、5歳年下の妹を持つ長男。その記事を読んだときには、「プロ野球選手になりたい」という夢はとっくに捨てていたが、あまりいい気分はしなかったことを覚えている。
 そんな私も27歳で結婚し、30歳で第一子となる長男、31歳で第二子となる次男を授かった。
 第二子が妻のお腹に宿った際、いろんな人に「一人目が男の子だったから、今度は女の子がほしいんじゃない?」と言われた。たしかに妻も私も「元気だったらどっちでもいいんだけど、強いていうなら女の子のほうがいいかな」と話してはいた。そして実際に生まれてきたのは4100グラムのジャンボな男の子。生まれたてにして、ずっしりと重い次男を抱きながら私はこんなことを考えていた。
「男が続いたけど、男が続いたということは、我が家に弟型選手が誕生したということじゃないか! 畑田理論で行くと、こいつが将来タイトルホルダーになる確率は少なくとも兄貴よりは高いんだよなぁ。やっぱり投手よりは野手かな。君自身はどっちがいいんだい?」

弟型選手が大成する理由を子育てで垣間見る


 こうじろうと名付けられた次男が誕生したことで、環境が激変してしまったのが当時まだ1歳9か月だった長男のゆうたろうだ。それまでは親の愛情を一身に受け、家の中の王子様状態だったのに、突如、家にお猿さんのような赤ちゃんがやってきて、あろうことか、お母さんのおっぱいと視線を独占している。
 ゆうたろうの嫉妬心と心のパニックぶりはすさまじかった。「こいつさえいなければ」といわんばかりの形相でまだ生後間もない弟に殴りかかろうとする。その様子を見かねた妻が兄をペシッと叩き、兄も泣く。会社から家に戻ると兄弟二人が泣きわめき、妻が途方に暮れている場面に幾度も遭遇した。1歳になっても2歳になっても、こうじろうは兄貴に日常茶飯事のように殴られていた。そんな様子を見ていて、「同じ家に生まれ、同じ親に育てられても、生まれた順番が違えば、環境は全然変わってくるんだなぁ」と思わずにはいられなかった。
 兄は1歳9か月までとはいえ、家の中で王子様だった。母親も独占できた。殴りかかってくるような敵も家の中にいない。おやつも自分のペースで食べることができた。競争原理などどこにも働いていない。対する弟は、生まれた瞬間から兄と言う凶暴な敵から自らの身を守ることを強いられた。好きなおやつも、好きなおもちゃも、ちょっと油断すると兄貴にとられてしまう。ぼやぼやしてるとえらい目に遭う、ということを本能で理解している様子だった。生まれて最初の数年だけを比較してもえらい違いなのである。
 小学校に上がっても、「兄と弟ではぜんぜん人生環境が違うなぁ」とひたすら思わされた。長男は自分と同じ学年の子たちと遊ぶことがほとんどだったが、弟は2学年上の兄貴の友達と遊ぶ機会も多く、上の学年のレベルの世界を幼いころから体験することができた。公園での遊びの野球にしても、パワーとスピードの違いを肌で感じるため、懸命にくらいつく形になる。鬼ごっこをしても、上の学年の子らの走力をかいくぐらなければ捕まってしまう。日々の何気ない遊びの中でも自然と負荷がかかり、そのことが、意識せずとも、さまざまなレベルアップを呼び起こしているように感じた。常に意識が上の学年に向いているため、「同学年との勝負なんかに負けている場合じゃない」という気持ちは兄よりも明らかに強い。
 世間一般において「下の子は要領がいい」などといわれるが、我が家においても、その法則は当てはまる。兄貴がほめられれば「こういうことをすればほめられるんだな」とインプットされ、兄貴が怒られれば「こういうことをすれば怒られるのか」とインプットされる。先を歩く兄の成功体験、失敗体験は弟の疑似体験のようなもの。そう考えれば、弟の要領がよくなるのは当たり前のことなのかもしれない。

野球のプレーにおける兄と弟の違いとは…


 長男が小2で、次男が幼稚園年長で地元の軟式野球チームに入団すると、野球の中で「兄弟型」を意識させられる場面が出てくるようになった。
 投げる、打つ、走るといった、各プレーに単純に焦点を当てると、兄弟型の差はさほど感じない。しかし、瞬時のアドリブ力が要求される「走塁力」に関しては弟の方に断然軍配が上がってしまう。
 相手野手にとられるか、ヒットになるかという微妙な打球判断。進塁すべきか、自重すべきかの判断、機転。限界リードをとれる能力。クロスプレーの際にどの方向に、どういうスライディングをすればセーフになるか、という一瞬の判断能力、等々。どこからどう見ても、弟の方が兄よりも広い視野を持ち、精巧なアンテナを立てて、野球をしているように映るのである。
「同じチームで、同じような指導を受けてるのに、なんで兄貴は走塁が苦手で、弟は得意なんだろう?」
 そんな疑問を妻にぶつけたところ、「考えられるのは、『弟だから』ということよね」という畑田氏ばりのコメントが返ってきた。
「生まれた瞬間から家の中にいる兄貴という敵からいかに自分の身を守るか、いかに自分のおやつやおもちゃをとられないか、という環境にあの子はいたのよ? 生まれた瞬間からぼけーっと王子様のようにマイペースで過ごしていた兄貴に比べてアンテナが発達するのは当然のことじゃないの?」
 そう言われ、チーム内を見渡すと、走塁力の高い選手は、中間子か、末っ子である場合がほとんどだった。それも年の近い兄貴のいるケースが多い。それに対し、兄貴組、一人っ子組は狭い視野の中で野球をしている印象の選手が多く、足は速くても上手に生かせていない、もったいない、といったタイプが目立つ。畑田氏が力説していた「野手として大成するのは弟型。兄型が大成するとしたら、自分のペースで攻撃を仕掛けていくことができる投手しかない」という一文がここ数年、頭から離れない。
 現在、所属しているクラブチームで投手を務めている中3の長男には「おまえに今後、万が一なにか面白い展開が起きるとしたら、投手としてしかありえないと思うよ」と一年に一回くらいの周期で言っている気がする。その都度、妻は「何が面白い展開よ。現実をもっと見つめなさい!」と夢もへったくれもないことを言ってくれる。
 ちなみに畑田氏は、兄型について次のような意見も述べている。
「幼いころから弟や妹の面倒を見ることが多く、他人をリードすることに慣れているA型は、現役時代の実績がそれほどでなくても、コーチ、または監督として才能を発揮することが多い」
 1950年から1994年にかけてもっともV率が高かったのは第一子長男であるA型監督。今季、セリーグを制した巨人の原辰徳監督も妹がいるA型だ。同じ第一子でも、一人っ子監督であるD型が優勝を果たしたケースが皆無だったことを鑑みると説得力のある意見である。

兄や一人っ子が大成するヒントは育て方?


 兄弟型をテーマに、ここまで書いてきたが、現状の我が国に目を向けると、少子化に歯止めがきかない状況が何年も続いている。兄弟がいたとしてもせいぜい二人というケースが多く、兄貴がいる弟というパターン自体が一昔前に比べ減っている。一人っ子の割合は増え、中間子という存在などは絶滅しかけているという。少年野球時代、長男の学年は14人いたが、そのうち弟はわずか一人。残りの13人は第一子長男か一人っ子ばかりだった。プロ野球における弟型の比率も年々下がっていくに違いない。
 となると、弟や妹のいるA型長男やD型の一人っ子の「野球で大成する上においてマイナスに働く部分を減らす」という発想も大事になってくるのかもしれない。
 畑田氏は著書の中で次のような持論を展開している。
「幼少期に親が子供を厳しく押さえつけて育てたケースと、のびのび育てたケースを比べると、青年期以降、緊張した場面や人前であがりやすい傾向を示したのは前者だった。どこの家でも最初に生まれた子は下の子に比べて、厳しく育てられるもの。結果、青年になってからあがりやすいのは第一子というケースが増える。第一子がプレッシャーにもろく、勝負弱いといわれる所以である。
 それに対し、中間子や末っ子は兄に比べると厳しくしつけられることもなく、好きなことができる立場にあるケースが多い。親の方も第二子以降になると、いちいち細かいことをいうことも面倒くさくなる。第一子には堅実なコースを歩ませようとする両親も多いが、第二子以降に関しては好きなことをさせても、ま、いいかと考え、本人もそのように行動する。親のうっとうしい保護と干渉を受けずにのびのびと育った弟型選手は、第一子からみると、信じられないような大胆な行動が自然に取れる。プレッシャーもウェルカム。大観衆の前ではあがるどころか、実力以上の活躍で期待に応えるケースが多くなる」
 第一子にありがちな弱点を撃退するヒントが詰まっているように感じるのは私だけだろうか?

参考文献:畑田国男著、『長嶋さんの大法則』ベースボール・マガジン社>


文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。


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