今春のセンバツではサイン盗みの有無が大きな話題となった。その後、ネット上を中心に議論が巻き起こり、多くの意見が飛び交う展開に。サイン盗みの有無は断定できないが、今回のケースに限らず、仮にあったとしても、それを「マナー違反」ととるか「戦略のひとつ」と位置づけるかは、本音と建前もあって意見が分かれるところかもしれない。
今回は高校野球界のことだったが、もちろんプロ野球界にも、疑惑レベルも含め、そういったサイン盗みやスパイ行為に関する話は昔からあり、その都度、何らかの防御策が講じられてきた。その最たる対策アイテムが「乱数表」だ。
平成生まれの読者は「???」だろう。それもそのはず、始まったのは1960年代とも言われており、禁止となったのが1984年。昭和の時代にストーリーが完結しているのだから。
乱数表というのは、当時、横行していたと言われるサイン盗みの対策として編み出されたもの。
これは、縦軸と横軸に1〜5程度の数字が振ってある表(5×5なら25マス)で、その数字が交わるところに、さらに数字が書かれている(1=ストレート、2=カーブなどをあらかじめ決めておく)。大きさは、だいたい名刺の半分程度。投手はグラブの外側の親指が入るあたりに、捕手はミットを持つ左手首の内側に、それぞれ同じ表を貼り付け、それを見ながらサイン交換を行う。
たとえば、捕手が「2、3」と指でサインを出せば、それを受けた投手が、グラブの乱数表を見て「縦の2・横の3」が交わる位置に書かれた数字に対応する球種を投じるというシステムだ。
この乱数表の利点は、サインを覚える必要がないため、サイン間違いがないこと。さらに、5×5で25マスもあれば、同じ球種でも何パターンものサインが出せるだけでなく、乱数表の内容を試合途中で変えていけば、サインを読まれる心配はほぼなくなる。
ただ、最大のデメリットがサインの交換に時間がかかることだ。捕手が乱数表を見てサインを出し、それを受けた投手が「え〜と、2の3ということは…」というふうにシンキングタイムが生じてしまう。また、数字の見間違い、あるいは投手と捕手で違う乱数表を使ってしまう凡ミスも少なからずあったという。
全球団が乱数表を使っていたわけではないが、セ・パ両リーグの決定により、1984年6月8日からは全面的に使用禁止に。最大の理由は、やはり試合時間の短縮。上でも触れたように、投手によってはサイン交換に手間取り、どうしても試合時間が間延びしてしまう。
この決定に対し、当時、巨人の指揮官だった王貞治監督は、テレビ番組のインタビューのなかで「そもそも、そういうこと(サイン盗み等の疑わしい行為)がなければ乱数表は必要ないんですから、これでスッキリするんじゃないですか」と歓迎。昭和の情報合戦は、一応の決着を迎えたのだった。
文=藤山剣(ふじやま・けん)