週刊野球太郎
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第三回「野球チームへの入れ方」

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考えるコーナーの第三回目。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、息子を野球チームに入団させる難しさをつづります。

◎軟式野球チームに入団した際の事実とは…

「この書き方だと、読んでくれた人は『野球マンガや野球ゲームがきっかけで、ようやく野球が好きになった息子さんが、自分の意思で地元の軟式野球チームに入りたい、って言ったんだろうな』って、とるんじゃないのかなぁ」
 「野球育児」連載の第一回目の記事を読んだ妻が物言いをつけてきた。
 指摘箇所は「長男は2年生の5月に、次男は幼稚園の年長で地元の軟式野球チームに入団した」という部分。こんなさらっとした説明では、あまりにも事実がきれいにまとまりすぎている。この2行の間にあった親としての歯がゆさと葛藤をあなたは忘れてしまったのか。妻はそう言いたいらしい。
「いや、覚えてますよ、そりゃ。ただ、初回からチームに入団する時のいきさつなんかを細かく説明しだしたらあまりに長くなっちゃうから、ここはさらっと事実だけ記しただけやん」
「ならいいけど。でも息子が自分の意思ですんなりとチームに入団したわけじゃないってことはどこかで説明しておいた方がいいんじゃないかしら」
「まぁ、ゆうたろうに関しては、たしかにすんなりとはいかなかったよな…」
 ゆうたろう、とは長男の名前。ちなみに次男はこうじろう、といいます。
「なんか鮮明に思い出してきちゃったわよ、あの時期のことを…」

◎友だちの野球デビュー戦を観戦

 野球マンガや野球ゲームを買い与える作戦が功を奏し、小学1年生の終わりごろから、2歳年下の弟とともに野球熱が高まった長男ゆうたろう。2年生になると、野球が好きな同級生たちは地元の軟式野球チームに所属し始めた、という情報が耳に届くようになった。私の心はかなり高ぶっていた。
(もうチームに入っても別におかしくない年になってきたのか…! 今は公園での遊びのキャッチボールやバッティングでいいとして、いずれはチームに入って野球をやってもらいたいわなぁ!)
 自分の息子が野球チームという地元の組織に属し、ユニホームを着て、試合でプレーをする。そんなことを想像しただけで、胸が熱くなってしまう。あぁ、そんな息子の姿を早くこの目で見てみたい…。
 幼稚園時代に同じ組だったゆうすけくん、ともひろくんも2年生になったのを機に、同じチームに入団したらしい。
(そうか、あの子らも入ったのか…。いずれなんて言わず、今すぐにでもチームに入れてしまってもいいんじゃないのか…?)
 妻によると、ゆうすけくんのお母さんからは「ゆうたろうくんも一緒に入ろうよ。今度入部してから初の試合があるから一度観においでよ」と誘われているのだという。私はゆうたろうに言った。
「今度の日曜、ゆうすけくんの野球デビュー戦、観に行くぞ! 友達ならそういう記念の場に立ち会う義務がある!」
 ゆうたろうは、あまり気乗りしていない様子だったが、半ば強引に試合を観に連れて行った。
 この日は低学年の春の公式戦。ゆうすけくんはショート、ともひろくんはサードで出場していた。
 ふたりとも生まれて初めての試合とは思えぬほど、堂々とプレーしていた。幼稚園入園時から知っている子たちだけに、見ているこちらも感無量。これが自分の息子だったらいったいどのくらい感動してしまうのだろう。もはや想像がつかない…。
 家に戻る途中、ゆうたろうに「今日観て、どうだった?」とたずねた。「ゆうすけくんたちのプレーしてる姿を見てたらチームに入りたくなってきたよ!」という答えを期待していたのだが、返ってきた言葉は「ぼくにはあんなことできない。チームになんか入りたくない」というものだった。私は激しく落胆した。やる前から、できないとかいうなよ、わが息子よ…。

◎立ちはだかったゆうたろうの性質

 ゆうすけくんらが入団したチームの代表からは「部員不足ですし、入ってもらえたら嬉しいです。入ってすぐにでも試合に出るチャンスはあると思います。ぜひ一度、河川敷でやっている練習を見に来てください」と言われていた。ゆうたろうがチームに入ることに前向きでないことを正直に伝えると、「そんな子、過去にもいっぱい見てきています。気が進まない子には、川にいる魚やカメと遊んだら、って言ってます。とにかく練習場に気軽に遊びに来てください」という優しい言葉を頂いた。
 しかし、翌週、河川敷の練習場に連れて行くと、代表の顔を見ただけで、赤ん坊のごとく泣き始めた。「こんなにも泣かれたのは初めてだな…」と代表は苦笑い。結局、練習場を背にし、川べりで小さなカメや虫と遊んだだけで、帰るはめになった。
 妻は「ゆうたろうは野球が嫌いでチームに入りたくないと言ってるわけじゃない。あの子は未知の世界に足を踏み入れることに対して、小さいころからおそろしく臆病なところがある。あの性質が今、顔を出している」と分析した。
 思い返せば、幼稚園の入園式でひとり大声で泣き続け、周囲を途方に暮れさせるような子どもだった。スイミング教室の初日もかなり駄々をこね、泣きじゃくった。新しい世界に足を踏み入れる時に、すんなりと事が運んだ試しがない。しかし、いったん足を踏み入れてしまえば、その後は拍子抜けするほどに、すんなりといくケースばかりだったのも事実。とにかく問題は最初の第一歩なのだ。

「強制はしないというポリシーの下でやってきたけど、こいつの場合、最初だけは背中を押さないと、なにも始まらないかもしれないな」
「私もそう思う」

◎強行手段

 妻と意見が合致したのを見計らったように、代表からは「次の試合で人数が足りないかもしれないので、よかったら、来てもらえないだろうか。ユニホームは来れない子のを貸すから」という旨の電話がかかってきた。妻は「連れて行きます!」と即答した。
 スパイクだけはサイズのこともあり、自前のものを持ってきてほしいとのことだったので、翌日、近所のららぽーとにスパイクを買いに行った。しかし、スポーツ用品売り場に向かう途中、後ろを歩いていたはずのゆうたろうが姿を消した。スポーツ用品売り場と真逆の方向へ足早に逃げていく姿が見えた。おそらく「スパイクを購入してしまったら、もう後戻りはできない。チームに強引に入れられてしまう」とでも思っているのだろう。私と息子のららぽーと店内での追いかけっこが繰り広げられた。捕獲した。問答無用でスパイクを試着させ、購入した。
 週末に嫌がるゆうたろうを試合会場へ連れて行った。幸か不幸か、出番はなかったが、試合翌日の練習に強引に参加させ、入部を決めた。「強制はしない」という自分のポリシーに反した行為ではあったが、「最初だけ、自分の息子の背中を押すんだ」という使命のような気持ちが勝っていた。
 結果的には、このやり方は吉と出た。入団初日こそ、浮かない顔をしていたが、すぐにチームになじみ、翌週からは楽しそうにチームの活動に参加するようになった。嬉しかったが、一方では拍子抜け。最初のあの嫌がり方はいったいなんなんだったんだろうと…。
 なにはともあれ、長男はチームに入団した。当時幼稚園の年長だった次男のこうじろうに「兄貴入ったけどおまえも入るか?」と訊ねると、「入りたくなったら自分から言うから、それまでは放っておいて」と言われた。「結局、こいつもどこかで背中を押さなくっちゃいけないのだろうか」と思っていたら、3カ月後、「今週からチームに入ろうと思う。いいか?」と次男に聞かれた。「もちろん」と返した。なぜ今週からなのか、その理由は教えてくれなかったが、彼の中のなにかが満を持したのだろう。妻は「同じお腹から生まれて、同じように育ててるつもりなのに、チームに入るということだけとっても、どうして兄弟でこうも違うんだろう」と言った。同感だった。



 結局、ゆうたろうは卒団までチームに在籍し、無事、5年間の少年野球生活を全うした。6年生ではエースナンバーをつけさせてもらった。入団時のいきさつを思えば、想像もできないようなことだった。
 今、手元に、ゆうたろうが卒団した年の文集がある。一部を原文のまま抜粋してみる。
「ぼくがチームに入団したのは、2年生の5月でした。入部前に何度か体験練習にいきましたが、あまり入る気にはなりませんでした。コーチが怖そうに見えたり、自分には向いてないなと思ったからです。だからその時は川のカメを見ていたり、モジモジしたりしていました。友達が試合に出ているのを見ても、自分には出来ないな、と思っていました。
 そして、親に無理やりのような形で入部しました。でも入部してみると、怖いと思っていたコーチがやさしかったり、見るのと実際にやるのでは、全然違い楽しかったです」
 卒団式でこの文が載った冊子が配られた後、低学年の子を持つ親を中心に「エースのゆうたろうくんにそんな時代があったなんてびっくり。なんだかすごく勇気づけられた。今はやる気のないうちの子でも、ゆうたろうくんみたいになれるかもしれない、と思うと希望が湧いてきた」という内容の言葉をたくさんかけられた。
 卒団式後、家に戻り、ゆうたろうにそのことを伝えると、「そうか、おれは希望の星になれたわけか。しかし、ちょっとしょぼい星やな〜」と言って笑った。
 あの時、背中を押しておいてよかった。つくづくそう思った。


文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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