高梨は2011年12月3日のリレハンメル大会でワールドカップデビュー。このとき、なんと15歳だ。これは2004年に15歳で阪神にドラフト指名されたことで驚きを与えた辻本賢人(マタデーハイスクール、ドラフト8位)と同じ年齢で成し遂げたことになる。
高梨のワールドカップデビュー戦は5位、続く2戦目は17位。コンチネンタルカップなどワールドカップより少しグレードの低い大会では優勝を果たしていたものの壁にぶち当たった格好だ。
しかし、高梨は3戦目で日本人女子史上初めての表彰台(2位)に立った。優勝が間近に見えてきたが、6戦目まで4戦連続して2位と勝ちきれない。このように「好勝負をするもなかなか勝ちきれないルーキー」を見て、野球で思い出すのは、昨シーズンの今永昇太(DeNA)と小笠原慎之介(中日)だ。
高梨は続くデビュー7戦目の蔵王大会でついにワールドカップ初勝利。これはデビュー12戦目で初勝利を飾った小笠原より5戦早く、デビュー6戦目で初勝利の今永より1戦遅い初勝利だった。
なお、初勝利の時点で今永は22歳、小笠原は18歳。高梨は15歳。高梨はこのとき、中学3年生だった。もちろん野球の場合、中学生でプロ入りは無理な話なので年齢を基準には比べられないが、高梨は“恐るべき中学生”だったのだ。
ちなみに小笠原は1997年10月8日生まれで高梨と誕生日が一緒。高梨の1年後輩にあたる。
ワールドカップ1年目の高梨は1勝に終わるが、2年目の2012年-2013年シーズンに大きく飛躍した。開幕戦で初勝利を挙げると4連勝を含むシーズン8勝。2年目にして個人総合優勝を飾り、世界のトップに立ったのだ。
この快挙はW杯史上最年少記録。もちろん日本人女子にとっては初めての出来事だったため、世界のメディアが一斉に高梨を取り上げた。野球で例えると、高卒2年目の投手が日本シリーズMVPと沢村賞を受賞したようなものだろう。
また「4年に一度の大舞台」という側面で見ると、2014年のソチ五輪の前年にスーパースターが誕生したことになる。そう、まさにこれは昨シーズンの大谷翔平(日本ハム)と似ているかもしれない。大谷は2017WBCの前年に大活躍。異次元の「二刀流」は世界から注目された。
しかし、高梨はソチ五輪で4位と表彰台を逃し、大谷は右足首の不調で2017WBCを辞退……。4年に一度の大舞台で輝くことはできなかった。
2013年-2014年シーズンはワールドカップの合間にソチ五輪が開かれる重要な年だった。前述したソチ五輪も含め、このシーズンの高梨を追ってみる。
高梨は開幕から4連勝。女子の歴代最多勝となる13勝に並んだ。1戦足踏みするも、シーズン6戦目で歴代最多勝の14勝を達成。この勢いは衰えることなくソチ五輪までの13戦で10勝、2位2回、3位1回と全戦で表彰台に立ち、圧倒的な強さを誇った。そして、大本命としてソチ五輪を迎えたのだ。
しかし、ソチ五輪本番では風の不利もありまさかの4位。高梨はオリンピックの「魔物」に敗れたのか。大本命でもちょっとしたこときっかけにリズムを崩し、敗戦を喫する。まるで甲子園に潜む「魔物」がソチに現れたかのようだ。
ワールドカップデビューから5シーズンで44勝を挙げた高梨は、“夢の50勝”まであと6勝として今シーズン(2016-2017シーズン)に臨んだ。
開幕戦での勝利を皮切りに6戦5勝と快調な滑り出し。大台の通算50勝まであと1勝。ここからはホームゲームといえる日本での戦いが4戦続く。日本のファンを前にしての50勝達成は時間の問題かと思われた。
しかし、高梨はまさかの足踏み。快挙の瞬間を心待ちにしたファンは肩透かしを食ってしまった……。これは昨シーズン、イチロー(マーリンズ)がメジャー通算3000本安打を前に足踏み。ホームゲームでの達成が叶わなかったもどかしい事態を思い起こさせた。
結局、高梨はルーマニアのラスノフで行われた12戦目で見事に勝利。女子としては前人未到の50勝に到達し、男子の歴代記録53勝を射程に入れた。
このように「野球視点」で高梨沙羅を追ってみると、非常に野球と相性がいいことがわかった。スキー界のイチローと呼びたくもなる。イチローのように、これからも世界を舞台に果てしない記録を打ち立ててくれることを期待したい。
文=勝田 聡(かつた・さとし)