1位指名で抽選を2度外したソフトバンクだったが、地元・九州出身のスケールの大きな右腕を1位指名した。大いなる伸びしろを残す好素材の魅力とは。
本格的野球シーズンが始まる前の3月8日。のどかな田園風景の中に溶け込んだ下関球場で、約8カ月後に、ドラフト1位指名される本格派右腕対決が行われようとしていた。加治屋蓮擁するJR九州と大瀬良大地(広島1位)擁する九州共立大のオープン戦だ。
野球が待ち遠しい春先の黄金カードではあるが、アマチュア野球のオープン戦である。観客は保護者などの関係者のみだろう…と思いきや、3球団のプロスカウトがやって来ていた。
残念ながら、調整中の大瀬良の登板はなかったが、両チーム数名の投手が登板した中で、「楽しみだ」「柔らかくていいフォーム」「今年の秋(のドラフト)はあるよ」とスカウト陣に言わしめたのが、加治屋だった。
得点は許したものの、手元で伸びるストレートに、強豪大学の好打者たちも振り遅れ気味だった。
来春からホンダ熊本に入社する4番の佐藤大道は、対戦した印象を「シーズン前の仕上がった状態ではないあの時点にしては、糸が引くようなストレートでスピードがあった」と語った。
昨年後半から、球場で関係者からささやかれるようになった加治屋蓮の高評価。JR九州「加治屋号」はレールに乗って、13年シーズンを加速し始めていた。
加治屋蓮。
刑事ドラマの二枚目役が似合いそうな名前だ。全国的には馴染みがないが、鹿児島や宮崎に多い苗字である。父の博樹さんと加治屋が高校2年時に他界した母の伊津子さんが、「蓮」と名づけた。「蓮根のようにしっかりと根を張るように」の思いを込めたのだ。
宮崎県串間市出身。県最南端に位置する同市のお隣は鹿児島県。
チーム内のあだ名は、かつては「エディ・マーフィ」で、現在は、「オバマ(大統領)」。しかし、むしろ、しっくりきそうなのは「西郷どん」か。ちなみに、西郷隆盛は、鹿児島城下加治屋町生まれである。南国生まれの濃いマスクの投手は、根を張って生きている。そして、宮崎県人気質のノンビリさも醸し出しながらインタビューに応じてくれた。まさに、今までの野球人生を見るようだ。
串間市立大束小学校3年の12月から「大束スポーツ少年団」で軟式野球を始めた。きっかけは「友達と練習を見に行ってから。でも、どうして中途半端な12月からなのか、覚えてないんですよ」と首をかしげる。部員もそこそこの人数がいて、4年生からエースとなった6年生まで、連続して県大会に出場するも、「目立った選手ではなかった」という。
大束中学でも、軟式野球部に所属したものの、「中学1年の時、監督だった先生が転勤してしまい、野球部に所属していただけ」状態。昼休みには、バスケットやサッカーをして、スポーツそのものを楽しむ感覚でやっていた。下級生の頃は三塁を守り、3年生ではエースとして県大会に出場するも1回戦で敗退した。
蓮根は、地中に根を張り続けているものの、蓮の開花は、まだ先のことであった。当然ながら、強豪の日南学園高や都城商高などへの進学は、視野になかった。
学業と風紀委員長を務めた学校生活を評価されて、高校は「地方の進学校」である福島高に入学した。大学進学を視野に入れ、普通科の県立校を選んだのだ。
この選択が、意外な転機を呼ぶ。野球では無名校だが、同校は、社会人・鹿児島鉄道管理局(のちJR九州に統合)を経て、昨季までロッテ監督を務めた西村徳文氏を輩出している。野球部で同学年はたった2名。気心が知れた小・中学からの後輩とバッテリーを組んでいたが、エース・加治屋を擁する福島高のチーム成績は、目立ったものではなかった。
しかし、加治屋の才能を見出していた同校・久保喬史監督は、高校3年5月の鹿児島遠征時に、鹿児島鉄道管理局OBに「見てほしいピッチャーがいる」と連絡を入れていたのだった。
「高校3年の5月、6月とずっと調子がよかったんです。自分で名づけた『扇風機ボール』を投げていました。ストレートなんですけど、投げると風を切る音がしたんです」
絶好調状態で、6月にJR九州の練習に参加し、強力投手陣を育て続けるチームに入社することとなった。実は、その時点で初めて「社会人野球」という存在を知ったのだという。ノンビリ屋らしいエピソードだ。
高校2年秋から、エースとなるも、甲子園のかかった公式戦はすべてロースコアで敗退。最後の夏の都城農高戦も、延長15回1対1の引き分け再試合後、0対2で惜敗。加治屋の高校野球は、ひっそりと終わった。しかし、福島高に進学した縁もあって、自力で新たなレールを敷いていくのだった。
次回、「赤信号緊急停止からの復活」
(※本稿は2013年11月発売『野球太郎No.007 2013ドラフト総決算&2014大展望号』に掲載された「30選手の野球人生ドキュメント 野球太郎ストーリーズ」から、ライター・濱中隆志氏が執筆した記事をリライト、転載したものです。)