90年代から00年代にかけて球界を盛り上げ、ファンから愛されたレジェンドたちが次々と引退を表明している。ここでは球界を担った彼らの若手時代、ターニングポイントを振り返る。前回のセ・リーグ野手編に引き続き、今回はパ・リーグ野手編。
≪1986年ドラフト3位 鷹巣農林高≫
工藤公康と並ぶ、実働29年のプロ野球記録を打ち出した中嶋。谷繁と同じく、高卒入団の捕手だが、こちらも2年目の1988年には74試合に出場し、早い時期から芽を出している。
中嶋が早期デビューを果たした大きな要因は、オリックスの正捕手・藤田浩雅の故障・不振。中嶋の類稀なる強肩はその隙に入り込むには十分。首脳陣に「使ってみたい」と思わせる武器があった。
さらに中嶋は俊足で、捕手離れした身のこなしも新生球団のフレッシュなイメージと合致。球団の変革期にチャンスをつかみ、さらに1990〜91年と2年連続で12本塁打を放って、自身の能力を裏付けた。
≪1996年ドラフト2位 三菱自動車岡崎≫
2000本安打までは1歩届かなかったが、ヒットメーカーとして球界を生き抜いた谷もまた即戦力組。1996年のアトランタ五輪で主力として、銀メダル獲得に貢献すると、ルーキーイヤーから101試合に出場し、打率.272を記録。翌年にはレギュラーに定着した。
大きな転機となったのは2001年。イチローがマリナーズに移籍したこの年、谷は打率.325、13本、79打点に加えて、日本プロ野球記録となる52二塁打を放つ。イチローが抜けた穴を埋め、一気にチームの顔へと成長。イチロー移籍の機を逃さず、チームに新たな風を呼び込んだ。
≪2001年自由獲得枠 東海大≫
169センチの小柄な体でも、溢れんばかりの気迫で球場を熱くさせた平野。平野のプロ生活の幕開けは決して順風満帆ではなかった。
2年目の2003年には53試合に出場したが、ややイップス気味となり、悪送球を連発。ガッツあふれるプレーの裏側で、硬さを残していた。
しかし、2004年に伊原春樹監督が就任し、最悪であった投手・守備陣の再建が始まると、ベテランの大島公一とのセカンド併用ののちにレギュラーを奪取。センターの守備もこなし、空回り気味だった気合いを経験を積むことでうまく昇華させていった。
また球界再編などの波もあり、平野が現役生活で仕えた監督はなんと9人に及ぶ。小兵としてはバントも盗塁も得意ではなかったが、監督たちに「使いたい」と思わせたのは、間違いなく平野の気迫のなせる業だろう。
≪1998年ドラフト4位 帝京高≫
成績以上にファンの心をつかんだエンターテイナー・森本。抜群の身体能力を持っていたが、プロ入りからしばらくは低打率にあえいだ。
当時のパ・リーグは露出も少なく、特にNHKで全国中継があるときにはイキリ立って全球フルスイング。そんなどこか昭和のパ・リーグを思わせる選手だった。
しかし、森本の本領はムードメークにあった。どんなときでも声を出し、人一倍練習し、明るくチームを盛り上げる。その姿は歴代の監督たちに「森本は何かやってくれるんじゃないか」と思わせる力があった。
1軍経験を積むうちに徐々に硬さが取れ、2006年には打撃が開花。オールスターに選出され、試合前にピッコロ大魔王に扮して一躍全国区に。球界再編など暗い話題が多かった時代に光を差した。
そしてこの年、師匠であり盟友の新庄剛志が引退。新庄から背番号1の継承者に指名されると、翌年は全試合に出場し、打率.300、3本、44打点、31盗塁の大活躍で、チームの14連勝などに貢献した。
ファンサービスが魅力の森本だが、活躍時期にはクラッチヒッターになっていたことも印象的だ。ファンを沸かせるのはホームランだけではない。チームの勝利やファン、チームメートの笑顔にするための方法を実直に考えた森本の姿勢は、「記録より記憶に残る男」の典型といえるだろう。
≪1998年ドラフト3位 大産大付高≫
ユーティリティープレーヤーとして、しぶとく球界を生き抜いた山崎。引退報道も「両リーグで隠し球成功」と冠される「THEいぶし銀」の選手だ。
近鉄入りはいわゆる地元枠での入団で、しばらくは2軍でも結果を残せない状態だったが、当時の主力・中村紀洋に教えを乞い、徐々に才能のつぼみが膨らんでいった。
2005年に広島に移籍すると、尾形佳紀の故障により1軍抜擢。96試合に出場し、バントや堅実な守備でチームに貢献。
そして、山?の転機といえば、やはり2007年の「隠し球」だろう。巨人・阿部慎之助から隠し球でアウトを奪うと、球団もこれにワルノリ便乗し、隠し球記念Tシャツを発売。山?への注目度は一気に上がった。
オリックス移籍後の2009年にも隠し球を成功させ、初の「両リーグ隠し球成功者」に。ユーティリティープレーヤーが見事にニッチな記録を打ち立てた。
オフィシャルブログのタイトルは「隠魂(カクシダマシイ)」。2007年、26歳で稀有なセールスポイントを得た山?もまたファンの心に残る選手となった。
文=落合初春(おちあい・もとはる)