メディアを通して伝え聞いたところによると、敬遠を指示した意図を、鍛治舎監督はこう説明したという。
夏の甲子園大会でぶつかるかもしれない清宮を勝負させ、田浦に経験を積ませたかった。
あくまでも招待試合であり、公式戦ではない。観客も喜んでくれるだろと敢えて敬遠をして、田浦を清宮にぶつけた。
しかし、早稲田実の和泉実監督は、この敬遠を快く受け止めなかったようだ。
記者団には「参りました」と控えめなコメントだが、鍛治舎監督が試合後、謝罪に行った際は不快感を露わにしたという。
ただ、野球のルールブック上、言うまでもなく敬遠は何ら問題行為ではない。むしろ、プロ野球では失点を防ぐためのありふれた戦術だ。
強打者との勝負を避ける。
フォースアウトなどで守りやすくするため塁を埋める。
タイトル争いをしている味方選手に加担するため、相手打者から安打の機会を奪う。
これらは見慣れた光景だ。
しかし、高校野球となると事情は少し違ってくる。
その最たる例が、1992年、夏の甲子園で起こった星稜の松井秀喜(元ヤンキースほか)に対する5打席連続敬遠だろう。
明徳義塾の馬淵史郎監督が勝利のためにとった非情、かつ苦肉の策が「5打席連続敬遠」だったのだが、狙い通り星稜を下した明徳義塾は高校野球ファンから非難され、脅迫まで受けることに。世間を騒がせる大事件となった。
馬淵監督は後年、こう述べている。
「松井君と勝負していたら、間違いなく打たれて負けていた。高校生のなかにプロが1人混じっている。そんな飛びぬけた選手だった」
松井はこの件に関して多くを語っていないが、甲子園という晴れ舞台で相手投手に正々堂々勝負して欲しかった、というのが本音だろう。
ただ、松井がそれだけの強打者であり、勝負さえしてもらえないほどの実力を備えていた証が、あの5打席連続敬遠だった。
今回、敬遠された雪山は試合後、悔し涙を流したという。松井に対しての敬遠とは意味合いが違っていた。
早稲田実にとって今回の試合は招待試合であり、いわば練習試合の一環でしかない。公式戦ではないことは百も承知だ。
しかし、グラウンドに立つ選手にとってはどうだろうか?
選手たちは厳しい練習に耐え、熾烈なレギュラー争いを繰り広げている。たかが練習試合でも、1打席1打席、1球1球が真剣勝負だ。
その真剣勝負の場を奪われた雪山の気持ちを、鍛治舎監督が汲んでいたのかどうか……。雪山が自分は強打者として敬遠されたのではなく、戦いの場から故意に外されたという忸怩たる思いにかられたのは想像に難くない。
これまで名指導者としての経験を持って秀岳館ナインを指導し、巧みな采配で結果を出してきた鍛治舎監督だが、今回はその采配が仇となってしまったのかもしれない。
雪山には「これも野球」と割り切って、悔しさを糧にさらなる成長を遂げてほしい。この借りはバットで返すしかない。
文=まろ麻呂
企業コンサルタントに携わった経験を活かし、子供のころから愛してやまない野球を、鋭い視点と深い洞察力で見つめる。「野球をよりわかりやすく、より面白く観るには!」をモットーに、日々書き綴っている。