球場観戦における醍醐味の1つであるライブ感。これをより感じられるのは、僅差の終盤で代打の切り札が登場するシーンだろう。代打ならどの場面でも盛り上がるかというと、そういうわけではない。序盤で先発投手が崩れ3回、4回に代打が送られたときの盛り上がりはないに等しい。やはり「終盤の僅差」が盛り上がるための条件なのである。
近年の例を挙げると、高橋由伸(現巨人監督)、金本知憲(現阪神監督)らがネクストバッターズサークルに現れた段階で球場はザワザワし始めたものだった。前打者の打席が終わると出囃子が鳴り響き、代打のコールがされると盛り上がりは最高潮。球場全体の視線を釘づけにする。もちろん、出囃子は本拠地でしか流れないが、敵地でも同じような盛り上がりを見せるのは、彼らが偉大な打者だったからだろう。
今シーズン、ヤクルトにこのような打者は不在。レジェンド級の盛り上がりを見せることはなかった。しかし、ひときわ大きな声援を送られたのが大松尚逸だ。
今シーズンからチームに加わった左の切り札は、開幕1軍をつかむと一度も登録抹消されることなくシーズンを全う。2本のサヨナラ本塁打を放つなど打率.162(130打数21安打)ながらもファンに愛された。
試合終盤の「一発が出れば同点、もしくは逆転」という場面で大松の出囃子であるAviciiの「The Nights」が流れると、その日一番の声援が飛ぶ。ただ、打率からわかるようにほぼ凡退だ。しかし、2本のサヨナラ本塁打でファンの心をつかんだ大松には常に大きな声援が送られるのだ。
今シーズン、大松への声量は「ライトスタンド一」だっただろう。ここで「神宮球場全体」にしなかったのにはわけがある。ビジター球団ながら最も大きな声援を集めた選手がいたのだ。もちろん体感だが、それは7月7日の広島戦で登場した新井貴浩の打席だった。
ヤクルトにおける「七夕の悲劇」として記憶されることになるその日の試合。勝負を決定づけたのは、広島・新井による代打逆転3点本塁打だった。
8対6とヤクルト2点リードで迎えた9回表2死一、三塁の場面。一発がでれば逆転というシチュエーションで新井が登場。このときの声援は、レフトスタンドから三塁側内野席を越え、一塁側内野席までの全員が大声を張り上げていた、ように見えた。ビジターチームではあるが、まさにホームのような感覚。この大声援にきっちりと本塁打で応える新井。まさに、「これぞプロ野球」というシーンだった(ヤクルトファンにはまったくおもしろくない展開だったのだが……)。
恐らく、これが今シーズンの神宮球場でもっとも声量が大きく、盛り上がったシーンだったのではないだろうか。広島ファンがユニフォームを着て一塁側内野席に侵食している問題はある。そして、最下位チームのファンが優勝チームに対して発する言葉ではないのかもしれない。だが、このシーンだけは「敵ながらあっぱれ」という言葉がぴったりだった。
プロ野球はシーズンが終わると徳政令のように借金が0となる素晴らしい制度がある。51個の借金ももうすぐチャラだ。来シーズンは気分よく上位争いを行い、ヤクルトファンがヤクルトの選手に送る声援がもっとも大きくなることを期待したい。
文=勝田聡(かつた・さとし)