子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。
前回からの続きとなります。
◎名投手コーチが語る
「肩を下げるべき理由」とは?
「ぼくはオーバースローの投手は利き腕側の肩を下げるべきだと思うし、自分もそうやって投げていたんだけど、最近は肩を下げないフォームの子が入団してくる割合が高いんだよね。あれはなんなんだろう? アマチュアの現場で肩を下げるな、というふうにみんな教えられてるのかなぁ?」
「いいフォームとはナンダ?」というテーマでインタビューをしていた最中、そんな話を始めた東北楽天ゴールデンイーグルス・佐藤義則投手コーチ。
投手を指導する上で、利き腕側の肩を下げるべきか否かという点で悩んでいた私にとっては、渡りに船のような話の展開となった。
「ぼくの周りの少年野球の現場では、肩を平行にしろ、という指導が半ば常識化してます。おそらくこれは全国的な流れのような気がしてます」
「そうか…。そんな気はしてたけど、やっぱりそうなんだ」
「ええ」
「昔は肩を下げてるピッチャーばかりだったんだけどねぇ…。いつからそんなことになったんだろう。そうか、だから最近の子はそういう傾向が強いのか。下げたらダメだと言ってる理由がよくわかんないけど、そういう現実はあるわけだね」
「佐藤さんが利き腕側の肩を下げたほうがいい考える理由はなんですか?」
佐藤コーチは椅子から立ち上がり、自ら投球フォームの実演を始めた。
「体重移動というのは、腰からキャッチャー方向に向かい始めるのが望ましくて、うまく腰から動き始めることができると、右ピッチャーの場合、三塁側から見た時に、頭と腰と足を結ぶラインが“逆くの字”を形成するんだよね。この“逆くの字”の形は、マウンドの傾斜のことを考えると、利き腕側の肩を下げたほうが絶対に作りやすいんですよ」
私も立ち上がり、佐藤コーチの体勢を実際にやってみる。マウンドの傾斜がなかったとしても、利き腕側の肩は下げたほうが、“逆くの字”は作りやすい感覚が芽生えた。佐藤コーチは熱弁を続けた。
「肩を下げたほうが“逆くの字”作りやすいでしょ? 最近多い、肩を下げないピッチャーは腰から出ていく形がうまく作れないんだよね。だから、頭がどうしても突っ込みやすいフォームになっちゃう。頭が突っ込む若いピッチャーが多いのはそこが原因になってる気がする」
“逆くの字”の体勢を作りながらの実演が再び始まった。
「つまり最近のピッチャーは頭からいっちゃうから、軸足の股関節をうまく使えないわけよ。おれなんかさ、ずーっと右の股関節で体重を支えながら、こうやってゆっくり、ゆっくりとキャッチャー方向に進んでいけるもの。今のピッチャーは頭から突っ込んじゃう傾向が強い分、この『ゆっくり時間をかけて前にいく』ということができない投手も増えてる。だって肩を地面と平行にしてたら、できないんだもん。下半身にためをつくりながら前に出ていくことが」
佐藤コーチは利き腕側の肩を下げることによって、グラブ側の手をよりうまく使うことができる効果もあると付け加えた。
「利き腕側の肩が下がるということは、グラブ側の手が上がる形になるので、グラブを上から下に使って体をタテに回転させる動きがしやすくなる。今のピッチャーは肩が平行になってる投手が多いから、グラブ側の手をうまく使えなくなってる選手も多い。結局、なんでそうなるか、というところをひも解いていくと、『利き腕側の肩を下げないから』というところに大元の原因があったりするんだよね」
終始納得のいく名投手コーチの説明だった。目の前の霧がパーッと晴れていくような感覚に襲われながら、佐藤さんの自宅を後にしたことを鮮明に記憶している。
「なぜ肩を下げないことがよしとされる指導法が日本全国に広まったのか?」という謎は残りつつ、少年野球のコーチとして、指導をする上での悩みからは解放された気がした。
さらに、佐藤コーチに取材をおこなった2カ月後、自宅でなにげなくテレビのスポーツニュースを見ていると、当時西武に入団したばかりの菊池雄星がフォーム上で悩んでいたことが桑田真澄(元巨人ほか)のアドバイスによって解消されたという内容の特集が放映されていた。
「どんなアドバイスをしたんだろう?」と興味深く番組を見続けたところ、桑田のアドバイスは「肩は下げてもいいんだよ」というものだったと判明。つまり菊池雄星には「肩は下げてはダメ」だという強い思い込みがあったという事実も同時に明らかになった。
桑田は番組内で次のように語っている。
「高いマウンドからホームへ向けて投げ下ろすんだから、利き手側の肩は下げたらダメだと思いがちですが、逆も真なりで、利き手側の肩をいったん下げるという、一見逆に見える動きを入れたほうが、実は低めにいい球がいく、ということが実はあまり知られていないんです。そして現実は『肩は平行でなければいけない』といった指導をおこなってしまってる人が思いのほか多い。そのため、肩は下げてはダメなものだと強く思い込んでしまってる選手も多いんです。でも、菊地君は甲子園で活躍した時には肩をいったん下げて投げていた。ぼくは『あの時のフォームでいいんだよ」と言っただけなんです」
(これは古田敦也がよく言っている「常識は疑え!」っていうやつだよな、まさに…。桑田真澄がいうと、『そうなんだ!』と思ってる視聴者も多いだろうな。これで少しは世の風潮も変わればいいんだけどな)
そんなことを考えつつ、私の「利き腕側の肩の下げ」に関する興味はますます深まっていった。
(次回に続く)
文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。