◆この連載は高校時代を“女子球児”として過ごした筆者の視点から、当時の野球部生活を振り返るコーナーです。
ブラスバンド部を辞め、しばしの準備期間を経た1年生の冬、私はついに野球部へ入部した。もちろん、プレーヤーとして女子が入るのは初めてのこと。正直なところ、みんな戸惑っていたと思う。
冬の練習は、肩やヒジにかかる負担を考慮して一切ボールを触れずに行う。走り込みやウエイトトレーニングで基礎体力をつけるのだ。私も、重いバーベルやダンベルを必死に持ち上げた。運動部に入らなければ、手にする機会はまずなかっただろう。
そして週に2回、校舎の周りをひたすらランニングする“外周”という日があった。この練習には規定タイムがあり、校門のところでマネージャーがストップウオッチで計っている。走ることが嫌いな私にとって、“外周”の日は朝から憂鬱だった。野球好きを外せばただの運動音痴。本当にきつかった。
それでも、日々続けていればある程度の成果は出るものだ。ブラスバンド部のときはビリに近かったマラソン大会で、翌年は順位が300位ほど上がった。
春が近づき、グラウンドでの練習が再開される。買ったばかりのグラブ、スパイクを身につけ、硬球に触れるとまた新鮮な気持ちになった。
キャッチボールとバッティング練習、内野ノックに交ぜてもらう。指示されたポジションはセカンド。一塁に最も近いから、という理由だった。
私が野球部に入ったという話は、少しずつ校内に広まっているようだった。あるとき階段ですれ違いざまに呼び止められ、振り返ると面識の薄い先生がこちらを見ている。
「清水、野球やってるんだって?」
授業以外で直接話したこともなければ、名前を覚えられているとも思わない。予想外すぎて一瞬固まった。慌てて「そうなんです…」と答えると、ニヤリと笑われる。
「がんばれよ」
そう言い残して去っていく背中を、不思議な感覚で見送った。
声を掛けてくれるのは先生だけではなく、クラスメイトからも度々訊かれた。
「どうして野球部に入ったの?」
理由はひとつしかない。
「野球が好きだから」
訊ねられるたびに困っていたが、そう回答することにした。簡潔すぎて、彼女らの納得する答えにはなっていなかったかもしれない。
でも、それが正直な気持ちだった。