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第十七回 可愛さ余って口が止まらない親たち

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、「親子間のアドバイス」について語ります。

バッティングセンターに響き続けた怒号


「だからもっと上から叩けっていってるやろが!」
「もっとヘッドを遅らせて! しならせるように!」
「もっと腰を入れなあかんやろがよ!」
「あー、肩が開いてる!」
 先日、中1の次男と行きつけのバッティングセンターを訪れたところ、隣の打席から、そんな声がひっきりなしに聞こえてきた。左打席で打っているのは小学4年生くらいの男の子。父親と思しき男性は40歳前後くらいだろうか。
「もっとな、左足を鋭く回転させるねん! 腰がぜんぜん回ってへんやん! 手打ちになってんねん!」
 今にも泣きそうな顔で、こくりとうなずく息子。
 しかし、次のスイングは、父が思い描く理想形のスイングには程遠かったらしく、父の声のトーンはますます荒く、激しくなっていく。
「なんでできへんねん! 同じこと何回もいわすなや!」
 父親の頭のてっぺんからは、今にも湯気が立ち上りそうだ。まぁ、バッティングセンターでよく見かける光景ではあるのだが…。

 息子へのアドバイスを聞いていると、一見、世の中でよく耳にする、もっともらしいことは言っているのだが、「どうすれば、目指す形になりやすいか」という意味合いの言葉は一言も発していない。
(なんでできないのか、かぁ。その理由はおそらく、あなたの息子が一番知りたがってるぞ…。ちゃんと言ってやれよ、どうやったらあなたの理想の形になるのかを…)
 息子は黙ってはいるものの、けっしてふてくされているわけではなく、父の言うとおりの形を体現しようと、一生懸命なのがありあり。しかし、形に神経が行き過ぎるあまり、マシンが投じるボールへの集中力はかなり削がれているように映る。見るからに「頭ごちゃごちゃ」状態ゆえ、いい当たりはほとんど生まれず、そのことがさらに父の機嫌を悪くさせている。
(あー、もう形のことで頭がいっぱいになっちゃって、投げられたボールにまで意識が回らなくなっちゃってるぞ…。そこまで形のことにこだわるなら、とりあえず今はボールは打たず、素振りか置きティーでいいのになぁ…)
 私がそう思ったところで、その父親にすれば、「人の家のことなんかほっといてくれ! 大きなお世話だ!」と言いたくなるだろう。しかし、つらそうな表情で打席に立ち続ける息子を見ていると、ついついいろんなことを考えてしまう。

わが子がかわいいなら黙っておけ!?


「隣のオヤジ、うるさいなぁ。あんだけいろいろいっぺんに言われたらできるものもできんようになるで…」
 ひっきりなしに飛び交う父の言葉を背中でずっと聞きながら隣の打席で打っていた次男が、ゲージから出てくるなり、小声でそう言った。
「おまえもそう思う?」
「あたり前やん…同情するわ、あの子に。言ってることもなんか難しいしなぁ。腰を回転させろといいながら、一方では、開くな! とかいうし。子どもにしたら『どうやってバット振ったらええねん!?』って感じちゃう?」
 それは私も思った。少年野球の指導の現場でもそういった、迷いを誘発するような類の指摘をする指導者はけっこういる。そして、往々にして子どもらは呑み込めず、困り果てていた。しかも、なまじ野球経験のある人ほど、そういう指導をしてしまう傾向が強いような気がする。
「おまえもそう思ったか。実は俺もやねん。この子の場合は、きっと『腰を回さんとこう』という意識でいたほうが結果的に腰はいい感じで回るんちゃうかなぁと思うんやけどなぁ…。上から叩けじゃなく、多少アッパースイングの意識を持ったほうが手打ちになりにくいし、ヘッドが遅れる感覚もつかみやすいだろうしなぁ」
「開かないと打てないんやからなぁ。バットを振ってから体を回すくらいのイメージでやったほうが結果的にいい感じになりそうだし、子どもってわかりやすい気がするんやけど…」
 休憩用のベンチに座り、勝手な事と思いつつ、そんなことを二人で言い合っていた。

 その一方で、怒鳴り声がますますエスカレートしていく父。その様子をスポーツドリンクを飲みながら観察していた次男がポツリと言った。
「でもあのお父さんは自分の子をよくしようと必死なんだよなぁ。よかれと思って言ってるんだよなぁ全部。別に意地悪してるわけじゃないんだもんね」
 そりゃそうだ。間違いなく、息子可愛さ余っての発言であり、よかれと思って言っている。
「そこがなんだかやるせない話だよね」と次男。
「おまえが父親ならこの子になんていう?」と向けると、しばし思案した後、「なんもいわんよ。せいぜい『ボールをよく見ろ!』くらいかなぁ。まずはボールに本能で向かっていく姿勢を取り戻すところからだろ…。野球を始めたときはきっとそうだったんだから」
 同感だった。と同時に、以前、取材を通じ知り合ったメジャーリーグのある駐在スカウトからいわれた言葉を思い出していた。
「よく河川敷を散歩したりしながら、少年野球の練習の様子を見たりするんだけど、日本の指導者はとにかくいろいろ言いすぎ。言いすぎて、子どもらが本能を前面に出して野球ができなくなってる。
 しかも指導者や親の言ってることの大半が僕に言わせれば的外れなんだよね…。なにを根拠に堂々とそんなことがいえるのかと思ってしまうくらい大半の現場はひどいことになっている。
 きっとね、世の指導者やお父さんたちが黙るだけで、日本の野球少年たちはもっとうまくなれる。自分の経験談を子どもに言ったところで、子は親を超えられないんだから。多くの人はそれじゃ困るんでしょ? 子どもがかわいいなら黙っておきさないって。その子どもにとっての一番の正解はその子どもの中にあるんだから。黙っておくのも指導のうちってことを日本の指導者はもっと認識しなきゃ。黙っておくかわりに、めいっぱい観察してあげる。それでいいんですよ、それで」

 

心がけるべきは「口数少なく、観察多く」


 ちなみに指導者をやっていた頃、あまりに自分の子どもに口を出しすぎる父親に「自分の子がうまくなってほしいのなら、だまされたと思って、黙ってみて! ぼくらに任せて!」とお願いしたことが7年間で3度あったが、いずれの選手も、親が黙った途端に見事な飛躍を遂げていった。
 ある父親からは「黙ってと言われた時は、ほんと『なんてことを言うんだ』と思ったけど、わしが黙った途端にここまでうまくなられると、なにも言い返せまへん。そう考えると、世の中にはまだまだうまくなれる子がいっぱい眠ってるような気がしますわ」といわれたことを思い出す。
 口数少なく、観察多く。
 これはもしかすると育児全般にいえることかも…?




文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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