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《野球太郎ストーリーズ》DeNA2012年ドラフト3位、井納翔一。のんびり屋が目覚め「イノビッシュ」に大変身

取材・文=久保弘毅

《野球太郎ストーリーズ》DeNA2012年ドラフト3位、井納翔一。のんびり屋が目覚め「イノビッシュ」に大変身

上武大時代もドラフト候補に挙がりながら、社会人では泣かず飛ばず。一時は引退すら覚悟した男が、社会人4年目にして目の色を変えた。フォーム修正によって最大の武器を手に入れ、長身ゆえ「イノビッシュ」の異名もついた。26歳にしてブレークした遅咲き長身右腕の夜明け前を追った。

のんびり屋が目覚めた


 上武大からNTT東日本に入って丸3年、井納翔一は活躍らしい活躍をしていなかった。今にして思うと「天狗」だったのかもしれない。大学4年時に好投したので、社会人でも通用すると思い込んでいた。コーチのアドバイスにも「はい、はい」と言うだけで、ほとんど聞き流していた。よくも悪くもマイペースなのが井納の性分ではあるが、3年間も結果が出ないと、さすがに焦りが出てきた。

 昨年の秋、1つ下の小石博孝がドラフト2位で西武に行った。時を同じくして、新年度から副主将になるよう言い渡された。引退を覚悟していた井納だったが、もう1年野球が続けられることなり、チーム内で責任を背負う立場にもなった。

 野球選手である限り、負けたくないという気持ちは誰もが持っている。単なる負けん気や責任感だけでなく「今、ここで、何をしたいのか」という目標を明確にすることから井納は始めた。

 井納は入社以来、都市対抗のマウンドに上がったことがない。そこで「東京ドームで投げること」を目標にした。そのためには何をやらなければいけないか。答えはひとつ。フォームの修正。「変わらなきゃ」ではなく「絶対に変わるんだ」という強い気持ちを持って、井納は修正に取り組んだ。

突っ立つように踏み込め


 これまでの井納のフォームは、本人が言うには「ただ投げるだけ」だった。上武大で培った基礎的な動きと、持って生まれた長身だけで140キロ中盤の球を投げていた。ただし感覚的なものしかないからフォームも日によってバラバラで、好不調の波も激しかった。

 そんな井納に、安田武一コーチは股関節と腰周辺を使って投げるよう教えた。具体的には、ユニフォームの胸のロゴをできるだけ長く三塁塁審に見せておいて、最後に素早く腰を切るイメージだ。井納はキャッチボールからその動きを意識するようにした。

 着地では左足を伸ばして、突っ立つように踏み込めとのアドバイスがあった。股関節で動きたいのであれば、前の足を突っ張らせずに、柔らかく前に乗り込むのが一般的だが、安田コーチの教えは違った。「お前には突っ立つような感じが合うから」と、メジャーリーガーのような前足の使い方を教えた。それが井納にはまった。

 ステップ幅を短くするわけではないが、前足を踏み出してからはお尻の高さをあまり変えないように意識する。そして高いところから腕を振り下ろす。以前はヒザを曲げて沈み込んでしまって、体重が前に乗ってこなかったが、この新しいフォームにしてからは前でリリースできるようになったし、投球に角度がついた。

 リリースでは、ゆでた枝豆を鞘からつまみ出すように、3本の指でボールをつぶす。これは以前から安田コーチに言われていたアドバイス。改めて意識することで、ストレートの質がよくなった。

 変化球に関しては、13年目のベテラン・黒田信広の投球を見て学んだ。ひとつの球種を投げるにしても、黒田は前の球種とのつながりを考えてメリハリをつける。決め球で使うときとカウント球で使うときとで意図が異なる。黒田は右打者の懐にスライダーを投げる技術があるし、カウントを取るときは多少コースが甘くても、高さだけは間違えない。

 ひとつの球種を2つ、3つ以上の球種のように使い分ける投球術を井納も工夫した。キャッチャーの上田祐介からスプリットのサインが出たときは、親指と人差し指の位置をカウントや状況ごとに微調整しながら、落ち方に変化をつけるようにした。

 そういった一つひとつの積み重ねが、今年の都市対抗2回戦のトヨタ自動車戦で実を結んだ。都市対抗初登板、初先発だったが、序盤に平野宏の満塁本塁打などで7点リードをもらったこともあり、精神的に楽になれた。あとは上田のミットめがけてテンポよく投げるだけ。ボールをもらったらすぐに投げる井納本来のテンポから、角度のあるストレートとスライダー、カーブ、スプリットを投げ込んだ。

 8回を2失点で勝利投手。目標としていた「東京ドームで投げる」ことをクリアし、チームに勝ち星をもたらすことができた。それだけではない。この日の投球内容が高く評価され、井納はスカウトの視線を集める存在になった。

プロでは1年目から勝負を


 先日のドラフトで、井納はDeNAから3位指名を受けた。仮契約を済ませた今、改めてNTT東日本での4年間を振り返ることが多くなったという。

 4年目で多くのことに気づき、安田コーチのアドバイスを吸収できるようになった。だが、井納にとっては「それまでの3年間、本当に何をやってたんだろう」という思いの方が強い。プロに入ったら同じ失敗は許されない。来年には27歳になる。プロの世界では1年目から勝負であることを、井納は自覚している。もちろん投げる場所にこだわりはない。先発であれリリーフであれ、任されたところで全力を尽くすつもりだ。

 具体的な目標はあえて口にしない。まずは3年後、5年後に向けて、やるべきことを全力でやる。それができたら、また次の段階を目指したいと考えている。当面の課題はストレートとスプリットの質を安定させること。余計な球数を減らして、年間通して1軍で活躍できるピッチャーになることを念頭に置いている。

 今年1年間で、井納はプロが本拠地とする球場のほとんどで投げる機会に恵まれた。そのなかでも横浜スタジアムは投げやすい球場のひとつだった。大学時代にも明治神宮大会の関東予選で投げて、感触がよかった。DeNAのホームゲームでも好投が期待できる。

 今年つかんだ技術を磨けば、きっとプロでも通用する。NTT東日本で3年間働けなかった分は、プロで3年長生きすればいい。

(※本稿は2012年11月発売『野球太郎No.012 2012ドラフト総決算プレミアム特集号』に掲載された「26選手の野球人生ドキュメント 野球太郎ストーリーズ」から、ライター・久保弘毅氏が執筆した記事をリライト、転載したものです。)
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