その知らせは突然訪れた。井端弘和、引退――。学生時代からの盟友で同い年の高橋由伸監督就任&現役引退を追うかのように、かつて一時代を築いた名内野手も身を退くことを発表した。
今でこそすっかり「巨人の人」と化した井端だが、プロ野球選手としてのキャリアの大半は中日で過ごしてきた。今一度、中日時代の名場面をカウントダウン方式で振り返ってみたい。
井端と言えば「いぶし銀」「右打ち」のイメージが強いだろう。一方で、そのイメージを逆手に取る強烈に引っ張った打球も印象深い。その中でも、2011年のクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ第5戦でヤクルト・館山昌平から放った一発は価値の高いものだった。
引き分け以上で日本シリーズ進出が決まる試合での先制2ラン。普段は冷静沈着な男がダイヤモンドを1周する間に何度もガッツポーズを見せたことに、この一打の大きさが詰まっている。また、この時一塁走者にいたのが長年名コンビと謳われた荒木雅博。荒木が何度もけん制を誘い、井端への配球を速球系に限定させたことも見逃せない。
同点で迎えた8回裏1死満塁の守り。当然ながら、内野陣は前進守備を敷く。1点を与えることイコールそのまま決勝点に結びつくからだ。
打球が飛んだ瞬間、誰もがセンター前へ抜けることを覚悟した。しかし、バランスを崩しながらも捕球した井端は、なだれ込むように二塁キャンバスを踏みアウトを奪う。そして勢いのまま一塁へ転送し、間一髪でゲッツー完成。「これしかない!」という形で、大ピンチを脱した。
「なんという井端!」
当時中継していた某局の実況アナウンサーが口にしたフレーズは、今も強烈なインパクトを残している。この時の打者が高橋由伸、マスクを被っていたのが谷繁元信と、このプレーに関わった選手が同時に引退するのも不思議な巡り合わせだ。
今どきの言葉で言うと“ニコイチ”のような存在。井端にとってのそれが荒木だった。ショート・井端、セカンド・荒木のコンビは当時の落合博満監督に「世界一」と言わしめ、2004年からはともに6年連続でゴールデングラブ賞に輝いた。
その極みとして語られるのが、いわゆる「アライバプレー」だ。二塁ベース付近の打球を荒木が逆シングルで捕ると、そのまま井端へグラブトス。ボールを受け取った井端が一塁へ転送し、アウトに仕留めるという一連のプレーを指す。
2004年の広島戦で初披露されると、以後2007年までの4年間、年1回のペースで成功を続けた。特に2007年は、大一番である巨人とのCSで決めるなど、中日の「守り勝つ野球」の象徴的なプレーとして今も語り継がれている。
引退後は巨人の1軍内野守備走塁コーチに就任する井端。アライバコンビが解体されて久しいが、いつかは荒木一塁コーチ、井端三塁コーチが中日のユニフォームで実現すると信じてやまない。
文=加賀一輝(かが・いっき)