◆この連載は高校時代を“女子球児”として過ごした筆者の視点から、当時の野球部生活を振り返るコーナーです。
私のいた高校は、各階に長椅子の置かれた談話スペースがあった。そのそばにある大きな窓からはグラウンドを望むことができ、野球部とサッカー部が場所を分けあって練習しているようすが見えるのだ。
楽器演奏の休憩がてら、私はよくこの窓からグラウンドを眺めた。視線の先では野球がおこなわれている。少年野球時代のことを、少し思い出した。
決して上手くはなかったけれど、プレーするのは楽しかった。ボールを投げ、バットを振る感覚。憧れのプロ野球選手に近づける気がした。
そんな私の様子に、野球部顧問である担任は気づいていた。グラウンドから姿が見えたのかはわからない。プレーの経験があると話した私に、声を掛けてきた。
「とりあえずキャッチボールしに来いよ」
その言葉につられ、グラウンドに足を踏み入れたのは秋口のこと。練習を続ける選手たちの脇で、野球部顧問である担任とキャッチボールをした。
硬球を手にしたのはこれが初めて。久々にはめるグラブの感触にワクワクした。
もうこの時点で、心は決まっていたのかもしれない。野球部顧問である担任に乗せられるかたちで、私は退部の意を上級生に告げた。
数人しかいない1年生部員の中で、私はブラスバンドの次期部長候補だった。ただ辞めるだけならばもっと引き留められたのかもしれないが、そこまで強く反対されることはなかった。退部の理由が「野球をやりたい」だったからこそ、皆が許してくれたんだと思う。
先輩たちよりももっと難関だと思っていたのがブラスバンドの顧問。そこまで直に話す機会がなかったため、何を言われるかわからない。報告をしに教員の部屋へ行く足取りも重かった。
しかし、待ち受けていたのは、予想外のセリフだった。
「聞いてるよ」
私の訪問をわかっていたかのように、顧問は頷いた。そして、あっけなくバラスバンド部の退部が了承されたのだった。
意外な展開に驚く私に担任は言った。
「話はつけといた」
どうして私の心を知っていたのか。その理由は、教員同士のネットワークにあった。野球部顧問である担任と、ブラスバンド部顧問は年齢も近く、親しかった。だからこそ、私の件もいち早く把握していたのだ。
トントン拍子で私は文化部から運動部への転身を果たすことになった。