いざドラフトがはじまり、テレビのなかでは清宮幸太郎(早稲田実)、中村奨成(広陵高)、田嶋大樹(JR東日本)ら1位入札で競合した選手たちの抽選が始まった。会見場となった神戸弘陵高の会議室に、まだ動きはない。東は会見場の後ろのイスで待機し、ドラフト上位の行方を見つつ、新聞各社の事前取材に応じていた。
目を移すと父・博文さんの姿もあった。幼少期に家のなかでの壁当てで息子の「天性のフォーム」を見出し、小学生時代から毎日のストレッチを習慣づけて、我が子をここまで導いた。プロ野球選手の父になるかも知れない日。お父さんもさぞドキドキしているのではないだろうか。
「昨日はなんとか眠れました。今はそこまでドキドキしていないんですが、この1週間はどこかフワフワしていました。今日は仕事も休んで、朝から運気が上がるように家の掃除をしました」
普段はチームメートにもフランクに冗談を飛ばす明るいお父さんだが、やはり「運命の日」を迎えて緊張が感じられた。
3巡目までの指名が終わると東と岡本博公監督が会見席に座る。指名があるとすればここから。室内の空気が一気に引き締まった。
指名は着々と進む。誰もが「東晃平」の名前が呼ばれるのを願っているが、現場にいるとドラフトの演出の妙をひしひしと感じた。
「第○巡選択希望選手、球団名、○○○○」
というアナウンス。それが終わる瞬間に画面に名前が表示される。そのアナウンスと表示との“間”が絶妙な緊張感を生んでいた。この場にいるすべての者が東の「あ」の音を求め、「あ」以外が聞こえると呑み込んだ息を吐き出す。
その繰り返しで時間はあっという間に過ぎていく。東は表情を変えずにテレビ画面を一心に見つめていた。
ヒリヒリとした空気のなか、残念ながら支配下での指名はならず。各球団の「指名終了」のアナウンスのたびに、えも言われぬ落胆が室内に広がっていった。
しかし、その落胆はすぐに吹き飛ぶことになる。育成ドラフトがはじまる直前の小休憩、岡本監督に1本の電話が入ったのだ。
「(某球団)から育成でいくと電話がありました」
廊下で小さな声で知らされたとき、筆者も「やった!」と喜びでいっぱいになった。
育成ドラフトが始まる。「撮影」に集中だ。指名画面と東が収まる画角になるよう位置取り、指名の瞬間を待った。
そして、その瞬間がこれだ。
岡本監督とガッチリ握手した東は、笑顔とともにすぐさま机上の会見メモに目をやった。
頭のなかは事前に電話を入れてきた某球団向けのコメントでいっぱいだっただろう。それでも会見はバッチリだ。
「金子千尋さんにあこがれています。ストレートのキレや変化球など自分が目指すべきところです。27球で試合を終わらせるのが理想という考え方など、いろいろお話を聞いてみたいです」
不意の指名ではあったが、オリックスで助かっただろう。なぜなら、東は以前から金子千尋に本当にあこがれていたからだ。「27球完封」の話を瞬時に持ち出せるあたりも器用だ。東のきれいなフォームは「金子千尋を彷彿とさせる」と言われてきた。
「東は試合を作る能力がある。序盤で試合を壊したことはほとんどありません」
岡本監督のコメントは、この会見の対応力にも通じるような気がした。
会見が終わると恒例の「騎馬」だ。別室で待機していたチームメートのテンションはマックス。東の門出を喜ぶどころか、本人の10倍は盛り上がっている。
しかし、外は真っ暗。なかなかカメラでベストショットを収めることができず、結局室内も合わせて、かなりの長時間騎馬を組ませてしまった。騎馬中央の繁戸翔太主将の腰は砕けそうになっていた。ごめん!
父・博文さんも安堵の表情だ。
「小さい頃はよくオリックス戦に連れて行きました。もう大人になるので遠くに離れても……という気持ちもあったのですが、やっぱり地元なので安心しています」
メディア各社の取材を終えた東に「今日の感想」を聞いた。
「ドラフト中は本当に緊張しました。頭の中にいろんなことが出てきて……。オリックスは地元で子どもの頃から好きなチームだったのでよかったです。帽子もかっこいい(笑)。会見もうまくできたと思います。70点ぐらいですかね」
高揚感と安堵。気がつけばあっという間の出来事だった。ドラフト前よりも東の体が大きく見えた。
ところで事前に用意していた残りの8球団の帽子はどうなるのだろうか……?
「来年以降、またドラフト候補が出てくるのを信じて取っておきます!」
と岡本監督。東の飛躍、そして後輩たちの活躍が楽しみになる感動の1日だった。