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「目標を決めちゃうと、そこまでしかいけないから」(第41回)

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。


少年よ、大志を抱け!


「将来、プロ野球選手になるのが夢だっていう人ってどのくらいいる?」

 少年野球チームのコーチ時代、この手の質問をすると、決まって全員の手が挙がった。

 上手、下手に関係なく、そして男女の性別関係なく、必ずと言っていいほど、全員の手が挙がる。中には「別にそんなになりたいわけじゃないんだけど…。自分だけが挙げないのはなんか空気が読めてないみたいだから、ここは挙げておくか」、「手を挙げなかったら、なんでだ!? と突っ込まれそうだな。若いんだから夢を持て、とか言われそうだから挙げておくか」といった理由で手を挙げていたケースもあったとは思う。

 そういう雰囲気をこちらもどこか察しつつ、全員が挙げている光景はけっして気分の悪いものではない。

「ある強豪高校野球部の監督がよく使う言葉で『目標がその日その日を支配する』っていうのがあってな。やっぱり目標が定まって、はじめて、その日一日のやるべきことも具体的に定まってくると思うねん」
「大きな目標が定まったら、そのままにしておかず、そのためにどうしたらいいかっていうことを長期、中期、短期的なスパンで設定すること。イチロー選手(ニューヨーク・ヤンキース)に代表されるように、一流選手になるような人は目標設定上手な人が多いんだ」

 全ての出発点は大きな夢を持つことから始まる。そんな話はことあるごとにしていたように思う。

みんななりたいプロ野球選手!


 我が家の息子たちも野球を始めるようになってから、ほかの多くの少年野球球児同様「将来の夢はプロ野球選手!」と当たり前のように公言するようになった。授業参観のために学校に足を運ぶと、教室の壁には「将来の夢」というお題の作文が貼られていたりする。「プロ野球選手」と書かれた多くの作文の中に自分の息子の名前があったりすると、やはり嬉しいものだ。

 小学校の卒業文集も「高校で甲子園に出て、プロ野球選手になって、たくさん稼いで、巨人の監督として長期連覇を果たす」といったいかにも都合のいい未来予想図なのだが、周りの親からは「野球をやってる子らはみんなわかりやすい夢があっていいですよねぇ…。頼もしい限りですよ」なんて言われたりする。

(小学生の間は、プロ野球選手と公言しても笑われたりしないし、挙げる子もたくさんいるけど、これが中学、高校と進むにつれ、公言できなくなる子が増えていくんだろうなぁ…。少しでも夢の限界が先になるように、してあげたいもんだよなぁ…)

 息子らが小学生の頃は、そんなことをいつも考えていたような気がする。

耐える意味が分からなくなった長男


「別にプロ野球選手になりたいわけじゃないし」

 長男が中2を迎えた頃、妻から「そんなことを言っていたよ」という知らせを聞いた。

 所属していたクラブチームのチームメートのレベルが思いのほか高かったこともあるのだろう。「小学校の時のように試合に出て当たり前という状況じゃなくなって、自信がなくなっちゃったんだろうね。中学でこんな状態なのに、なにがプロ野球選手だ、って思っちゃったんじゃない?」

 妻の分析は半ば当たっていたのかもしれないが、「それにしても夢をあきらめるのが早すぎるだろう…」と落胆せずにはいられなかった。ショックのあまり、その日は、長男と同じ屋根の下で過ごす気が起きないほど。深夜にあてもなく車を走らせ、結局、六甲山ドライブウェイの山頂近くの休憩スペースで夜を明かし、ため息をつきながら日の出を眺めたものだった。

 中学2年の後半になると、長男は「野球をやめたい」と言い出した。このあたりのことは連載の第20回でも記したが、週末に地元の友達と遊べないことへの不満のほうが強くなり、自宅から遠く離れた山奥のグラウンドで苦しい練習に耐えるモチベーションがどんどん低下していった。

「チームのコーチたちは『おまえらプロ野球選手になりたいんだろ!? じゃあ、これくらい耐えなきゃ!』って言うんだけど、俺、別にプロ野球選手になりたいわけじゃないから、耐えなきゃいけない意味がよくわからない」

 妻にはそんなことを言っていたようだった。

登る山ははたして限定すべきなのか?


 そのうち、練習日になっても、朝、ベッドから出てこなくなってしまった。妻は「とりあえず今日だけは行きなさい」と必死で叩き起こし、送迎の車に押し込んでいたが、そんなやり方がこの先、いつまでも通用するとは到底思えなかった。

 次第に週末の練習日の朝が私と妻にとっては恐怖の時間になってしまっていた。

 いつしか、目標は「途中でチームを辞めないこと」というものにすり替わっていた。

 息子とは、夜中じゅう何度も話し合った。結局、「高校で野球を続けなくてもいいから、中学野球だけは最後まで続けろ」という親の思いを息子が飲むことで話はついた。

(ほんの1、2年前まで無邪気に「夢はプロ野球選手」なんて言ってたのに、えらく目標が下がったもんだな…)

 そんな思いはどこかにあった気がするが、「苦しいことを最後までやりぬく達成感を味わってほしい。途中で物事を投げ出すような子にだけはなってほしくない。そのためにも、なんとか中学野球だけは最後まで乗り切ってほしい」という思いの方がはるかに強かった。

 ところが、目標が「中学野球を続けること」というものに変わった途端、息子は練習にいくことをあまり嫌がらなくなった。「とりあえず、今だけ頑張ればいいんでしょ」という心境になれたことで、気がだいぶ楽になったのだろう。

(登りたくもない山があまりにも高いと、一歩目を踏み出す気力も湧かないのかもしれないな…。でも、とりあえず近所のスーパーでおつかいに行ってきてよ、それくらいできるでしょ、と言われたら、渋々ながらも、一歩目が出るのかもしれない。一概に目標が高いことがいいとは限らないのかもしれないな…)

 気づけば、そんなことを自問自答するようになっていた。

 仕事柄、プロ野球選手やドラフト候補生などを取材する機会に恵まれるが、「小さい頃からプロ野球選手になることしか考えられなかった。その強い思いがあったから、どんな苦しいことにも耐えられた」という王道のような層がいる一方で、

「自分がプロになれるなんて夢にも思わなかった」
「プロを目標に掲げようもんなら、周りに笑われてしまうような下手くそでした。学校の先生になるつもりでした」
「なんで自分が騒がれてるのかがいまだによくわからない」

 といった層も一定数存在する。そしてその層の選手たちと話をしていると、「彼らの場合は、プロ野球選手という山しか登っちゃだめと言われていたら、逆にその山に辿りつけていないのかもしれないな」などと思わされたりする。山を登りきった者のすべてが「最初からこの山しか登りたくなかった」という人たちで埋められているわけではないのだと。

 そんなことを考えるうち、中3になった長男は、夏場を迎えた頃、こんなことを言いだした。

「おれ、高校でも野球やろうかな」

 今となっては「長男の野球辞めたい騒動」は我が家の中では“中2病”の延長だったという結論で、笑い話と化しているが、私と妻にすれば「こんなに嬉しい誤算があるのだろうか!?」と思ってしまうほどの、嬉しい一言だった。

目標をもたない世界もありなのかもしれない


 昨年、フジテレビ系列の「笑っていいとも」をなにげなく観ていると、司会のタモリがレギュラー出演をしているHKT48の指原莉乃に「さっしーは将来、どうなりたいの?」と質問しているシーンに出くわした。すると指原は「特にないんです」と答えた。

 AKB48グループのコンセプトが「夢を叶えるための成長の場所」であり、メンバーのほぼ全員が「夢は歌手」、「夢は女優」などと公言していることを鑑みると、その返答を「意外」と感じる空気がスタジオに流れた。

 ところがタモリはニッコリ笑いながら、指原に向かって次のように返した。

「そのほうがいいよ。目標を決めちゃうと、そこまでしかいけないから」

 そして、その約1年後、指原はAKBグループ総選挙でまさかの1位の座を獲得。

 選挙直後の朝日新聞のインタビュー記事には次のような発言が掲載されていた。

「私は目標を持たないようにしています。10年後、テレビに出ていたら楽しいだろうし、結婚して幸せな暮らしをしていれば楽しいだろうし、大分県の実家にいても、今までできなかった親孝行ができて楽しいだろうし、どう転がっても楽しめると思っています。めぐり合わせや運に任せて頑張っていると、楽しい明日が訪れるような気がするんです」

 この日を境に、息子たちには「とにかく、今を全力でやれ」としか物申していません。


文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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